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[小説]天使に出会うには②

天使に出会うには①

 ***

 株式会社クリエートが開発したアプリ『EDEN』。

 EDENの若者の普及率は九九・九九九……、と、EDENをインストールしていない若者はゼロに等しい。全年代を含めても、九十パーセントの大台を超えている。つまり、EDENを知らない人の方が珍しいほどだ。

 そうまで普及しているのには理由がある。
 EDENのマスコットキャラクターでもある、エンゼルくんの存在だ。人工知能でもあるエンゼルくんは、ユーザーの趣味嗜好また言動などを養分にして、全十二のランクに分けられて成長する。その中でSSSランクまでエンゼルくんを成長させることが出来れば、株式会社クリエートから大量の報酬が与えられる。

 だから、EDENのユーザーは自身の行ないやスマホの利用を出来るだけ清くしてエンゼルくんを成長させようと、神経を注いでいる。

 EDENがリリースされて二十五年。それでもなお、SSSランクまで至った者は誰もいない。SSSランクまで至るには、天使ではなく神の領域にまでならないといけないと揶揄されるほどだ。
 と言っても、SSSランクの報酬云々を除いても、コミュニケーションツールや流行を押さえるためのツールとして、今やEDENは国民の間で必要不可欠なアプリとなっていた。

 また、それだけでなく、いつしか試験や面接の際に、その人のことを判断するための指針としても利用されるようになった。
 どれだけ取り繕ったとしても、結局はエンゼルくんが善悪を明かしてしまう。

 今やEDENは日本人にとってなくてはならないアプリと化してしまった。

「……今さら文句は言えないけどな」

 そういう世の中であるのは、俺が生まれる前からなのだから、そういうものだと納得している。EDENが当たり前になるまでは、履歴書という手書きの書類を作って会社の面接に臨んでいたそうだが、どんだけ非効率なのだろうと思う。

 裏も表も見通すエンゼルくんは、確かに便利なものだ。
 だけど、正しくエンゼルくんを育てた者には優しい世界であれど、上手くエンゼルくんを育てることが出来なかった者には生きにくい世界だろうなとも思う。

 一番中途半端なのは、Bランクという可もなく不可もないランクにエンゼルくんを育ててしまった俺だ。

「なぁ、エンゼルくん。試験に落ちてむしゃくしゃするんだ。何かいい方法はないかな?」
「ソウイウ日ニ出歩クノハ危険デス。一刻モ早ク帰宅シテ、眠リマショウ」

 エンゼルくんの答えは、真っ直ぐで非の打ち所がない回答だった。人は感情的な生き物だから、苛立ちや悲しみに支配されていると、突発的な行動に出てしまうことがある。だから、虫の居所が良くなるまで、家に籠っていた方がいい。美味い物を食べて、何も考えずに眠る。そうしたら、いつかこのむしゃくしゃも晴れてスッキリするだろう。

 迷ったら、エンゼルくんに問いかければ、失敗はない。
 これが、この世界の鉄則だ。しかし、俺は――。

「ソチラ正解ノ道デハアリマセン。駅カラ離レテイマス。戻ッテクダサイ」

 エンゼルくんのせいで俺は試験に落ちたのだ。だから、こんな日くらいはエンゼルくんんに逆らってしまいたくなる。

 EDENの待機画面から聞こえるエンゼルくんの音声を無視して、俺はただひたすらに真っ直ぐに進む。

 俺の家は駅の方角にある。だけど、今俺が向かっているのは駅とは真逆の道、確か河原へと繋がる道だ。普段足を踏み入れることはないけれど、エンゼルくんの逆をつければ、何でもよかった。
 俺が求めているのは、今この瞬間リアルタイムで回復することだ。時間が解決することがあるのは分かっているけれど、我慢なんて出来やしない。

 大股で歩いていると、そんなに時間を要さずに河原まで辿り着いた。この町の河原の前には、ちょっとした広場があって、たまに子供たちが遊んでいるのを目にしたことがあった。真昼間から来るのは初めてだったけど、広場からは声が響き渡っていた。

 幾つかの純粋な子供の声、に一つだけ違和感溢れる低い声。明らかに子供の声とは違っていた。

 本来は河原沿いを散歩するつもりだったけれど、気になった俺は足を止めて、様子を探ることにした。

 異彩を放つ声の持ち主が、誰なのかはすぐに分かった。子供たちに交えて、頭一つ、いや二つ分突出した青年がいたからだ。
 多分、俺と同い年か少し年下くらいだろうか。いい年をした青年が、子供たちにまざって全力で遊んでいた。

 数分という短い間だったけれど、彼らのやり取りを眺めていると、

「あ、やべ! そろそろ家に帰らないと、昼メシ抜きになっちゃう」
「俺も怒られる!」
「え、そりゃ大変だ。早く帰った方が良いよ」
「うん、そうする! ありがと、兄ちゃん!」
「次いつ遊べる?」
「んー、見かけたらいつでも声かけていいよ! いつでも遊ぼう」
「やったぁ!」

 そんな微笑ましくも純粋なやり取りをした後、子供たちはそれぞれ帰路へとついた。一人残された青年は、特に何をするでもなく、ぼんやりとその場で立ち尽くしている。

 普通に子供と交えて遊べてしまう青年に興味を持った俺は、

「今日は絶好の散歩日和だな」

 天気という、いかにも無難な話題を持って声を掛けに行くことにした。

「ね、ボク歩くのが好きだから、すっごく嬉しいよ」

 空を見上げていた青年は、一切の敵意がない笑みをこちらに向けて、俺の雑談に応じてくれた。なるほど、確かにこれは子供たちもその輪の中に招き入れて遊べるわけだ。
 たったの一言のやり取りなのに、俺は目の前にいる青年について、もっと知りたくなった。 

「あんた、名前は?」
「ボク、潮!」

 無邪気な笑顔を浮かべて自身の名前を名乗った青年――、潮。しかし、その反応に俺は戸惑ってしまう。

「え、いや、そうじゃなくて。これ」

 EDENをインストールしているのが前提の現代社会では、エンゼルくんを見せ合うことが何よりの自己紹介となっている。
 目は口程に物を言うというか、まさにEDENを見れば、その人の半生までも分かってしまう。エンゼルくんのランクやエンゼルくんの表情に、その人の生き様が顕著に出てしまうからだ。

 しかし、潮は――、

「何それ?」

 EDENを目の当たりにしても小首を傾げてはキョトンとしていたのだった。

 意味が分からなかった。この現代社会において、EDENを使わずにどうやって生活出来るというのか。生まれた時からEDENが身近にある俺にとって、潮の言葉はにわかに信じられなかった。

「え、いや、じゃあスマホは?」
「その板のことか? 持ってないよ」

 手荷物検査を受けているかのように、「ほれほれ」と潮は手を上げる。手にはもちろん何も持っていないし、服のどこを見てもスマホがあるような膨らみはない。

「お、ちょ、ま……え、は?」

 ――この潮って奴、今までどうやって生きて来たんだ?

――③へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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