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[小説]天使に出会うには③

天使に出会うには①

天使に出会うには②

 ***

 この日初めて顔を見合わせた、潮。

 年齢は俺の一つ下で、今年二十歳になったばかりらしい。性格は、子供っぽいというか無邪気。話を聞いていても、純粋無垢で良い奴なんだなというのが感じられる。

 しかし、潮は現代社会において珍しい若者だ。

 国民的アプリであるEDENはおろか、スマホさえ持っていないという。EDENがないから他者とコミュニケーションを取るのも難しいだろうし、エンゼルくんがいないから、潮を客観的且つ冷静に判断する術もない。

 この超情報社会で、どうやってスマホなしに生きることが出来るのだろう。

 だからこそ、今日初めて出会った潮に、俺は惹かれた。

 潮という人間に興味を持った俺は、今日一日潮と一緒に過ごすことにした。

 EDENをインストールしていない人間がどういう行動を取るのか、純粋に疑問だった。今の時代、何かに迷ったらエンゼルくんに訊ねることが当たり前になっている。それに美味いメシだって、EDENの情報網を使って調べるのだ。

 その術を持たない潮が、どう生活しているのか、正直俺には想像さえ出来ない。

 どっちみち今日の俺の予定は、もうなかった。

 だから、俺は潮の行動のままに従おうと思っていたのだけど、潮の行動は――。

「ネコか!」

 潮の気の向くままの行動で、何にも縛られない自由そのものだった。

「えぇ?」

 土手で仰向けに寝そべって、風に当てられながら気持ちよさそうにしている。その顔は、俺のツッコミに心当たりがないと物語っていた。

 間の抜けた声に、条件反射的に喉から言葉が更に飛び出す。

「もしくは昔のじいちゃんか!」

 潮と一緒に過ごしていると、時の流れがゆっくりだった。今の時代は、EDENやスマホなどによって、年を取ったとしても活動的な生活を送ることが出来ている。漫画やドラマだと、潮みたいにのんびりした老人を見かけることがまだある。

「あはは、その表現面白いなぁ」

 潮はぼんやりと寝ぼけ眼を擦りながら、上半身だけを起こした。しかし、それ以上行動することはない。このまま潮を放っておいたら、本格的に眠り出してしまいそうな勢いだ。

 今日この後の予定は何もないとはいえ、流石に時間がもったいなく思えてしまう。

 このまま潮といても、きっと何も起こらない。人とは違う潮に対して、俺は過度に期待してしまったようだ。

 無言で立ち上がった俺は、この場を離れることにする。

「あれ。彪雅、もう帰るのか?」

 のんびりしていた潮だったが、腰を上げて、俺の後を追いかけに来る。「今日半日だけ潮と一緒にいさせてくれ」と頼んだのだ。時間を一緒に過ごすようになってから、まだそんなに時間が経過していないことに、潮も気を遣ってくれたのだろう。

 しかし、俺は足を止めない。特にやることは決まっていないけれど、エンゼルくんを成長させるためには一分一秒も惜しい。

 エンゼルくんによって酷い仕打ちを受けたというのに、また結局はエンゼルくんのことを考えてしまう自分の思考に、思わず「ふっ」と小さく笑いが漏れた。もうエンゼルくんは現代日本人にとって、まるで自分の分身に等しい存在だ。

「あ、サイフ落としましたよ」

「すまんねぇ」

「いえいえ、気付けて良かったっす」

 潮は杖を突いた老人に財布を手渡している。そして、大袈裟な動作で老人に手を振ると、

「ひゅーが、ひゅうが、ねぇ彪雅ー」

 まるで子供のように俺の名前を呼びながら、後を追いかけて来た。

 スマホに視線を落としている通行人達も、流石に何だなんだと俺と潮のことを見る。もう少し騒いでしまえば、俺と潮のやり取りは、EDENで拡散されてしまうかもしれない。不特定多数の目に晒されてしまうのは、絶対に避けなければならない。

 足を止めた俺は、「なぁ、潮。お前怖くないのか?」と潮の顔を見ることなく問いかけた。

「なにが?」

 素っ頓狂な声に、反射的に振り返ってしまった。その声音通り、潮はキョトンとしていた。俺の質問の意図が、全く理解出来ていないことは、すぐに察することが出来た。

 世の中の流れとして、困ったことがあればエンゼルくんに訊ねて道を示してもらい、自分が正しい人間として成長しているかどうかエンゼルくんに評価してもらう。

 EDENは、この情報溢れる社会の理想郷だ。

 今や、EDENやエンゼルくんがない生活は、もはや現代社会に住む人間には想像しがたいものになっている。手放してしまったら……、怖ろしい。

 だから、EDENがないことに恐怖を感じない潮は、俺とは――、いや、この現代の人間とは異なる時間軸で生きているようだった。

 正直、一瞬言葉が詰まった。けど、ここで引いたら今までと同じような気がして、

「今後どうなるんだろう、とか。このままでいいのか、とか」

 思っていることを吐露する。自然と心臓がバクバクする。

 こうして、自分が感じていることを吐き出すのは、いつぶりだろう。いつもエンゼルくんの指示があるまま、何も考えずに生きて来たから、分からない。

「ボクはボクのやりたいように生きているだけだよ。怖いことなんて何もない」

 潮は迷うことなく応じる。自分の考えていることをスラスラと言葉に出来るということは、潮が常にそう考えているという証拠だ。

「それより、彪雅こそ、どうしてそんなに怯えているの?」


 潮の瞳と、重なる。潮の瞳に映る世界は、いったいどうなっているんだろう。その世界にいる俺は、どれだけ弱く映っているんだろう。

「全てを否定するわけじゃないよ。そもそもボクに否定する権利なんてないんだからさ」

 ここでも他者に対する気遣いを忘れない。俺の意見を否定することなく、それでいて自分の主張も忘れることなく伝える。

 潮は「でもね」と自身の胸に手を当てると、

「それでも、みんなが正しいって思ってることは、本当に正しいのかなって少しだけ疑問に思っちゃう。だからね、ボクの人生はボクが決める」

 頭を思い切り殴られたかのような衝撃が、俺を襲う。どうして自分という存在が曖昧になっていく世界で、堂々と声を大にすることが出来るのか、分からなかった。

 潮に対して抱いていた予感は、確信へと変わった。潮は俺とは違う世界の人間だ。いや、生きている世界は同じだけど、理解し合えない。

「彪雅、今日は楽しかったよ! もしまた会えたら、一緒に遊ぼ!」

 半日もの間一緒に過ごしたというのに、未練を抱くような素振りを何ら見せることもなく、潮は俺の前から去っていった。

 連絡先を知らない潮と再び会う確率なんて、それこそ奇跡が起こらないとあり得ない。

 遠くなる背中を見て、俺は二度と潮に会うことはないんだろうなと確信していた。

――④へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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