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[小説]バタフライエフェクト①

 ***

 バタフライエフェクト、という言葉を、どこかの大学の教授も務めているという安済先生の講話を聞いてふと思い出した。

 ブラジルでの蝶の羽ばたきがアメリカで竜巻を引き起こすか、と過去に提唱されたことが起源となっていて、『非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる』という意味合いだ。

 その話を初めて聞いた時、俺はまだ高校生だった。確か世界史の先生が、授業の合間に話していた。「強引だな」、それが初めの印象だった。

 あの時から時間が経ち、俺は大人になり、社会人としての道を順当に進んでいる。
 今も会社のプロジェクトリーダーに選ばれ、四人という少人数ではあるものの、上手く導かなければいけない立場にある。

 初めてリーダーという役割を担うということもあって、会社の役員達がよくしてもらっているという安済先生の講話を聞き、リーダーとしての心得を学んで来いと部長から言われて、講演会に参加したのだけど、

「やっぱり大袈裟なんだよな」

 抱く感想は変わらなかった。

 安済先生の話は後半に差し掛かっているけれど、ここまでの内容は「いつ自分が投げた小石に躓くか分からないから、小さいことにも忠誠を尽くしなさい」といった内容だった。

 大袈裟だ。蝶の羽ばたきによって竜巻なんて起こるはずがないし、道端の小石なら蹴っ飛ばしてやれば躓くこともない。
 些細な出来事は、自分の人生において無関係だから、些細だと言うのだ。

 先生と呼ばれる立場の人なのだから、部下の心を掴む心理術とか案件を取れるトークスキルとか、そういうすぐに役に立つような話をして欲しかった。

「――では、以上で本日の講話を終わります。ご清聴ありがとうございました」

 安済先生の話が終わり、講話を聞いていた聴衆たちは部屋を退出していく。部屋に残っているのは、安済先生の顔馴染みの人ばかりなようで、みな安済先生の周りに集まっている。

 この部屋にまだ残っている中で、一番若いのは俺だった。席を座っている時は二十代後半くらいの見た目をしていた人間なんて何十人もいたのに不思議だ。

「まぁ、考えることは分かるけどさ」

 所詮仕事は生計を保つための手段だ。同じ仕事をやるにしても、出来るだけ負担は増やさずに、要領よくやった方がいい。
 俺も同じ気持ちだ。

 しかし、だからといって、

「安済先生」

 輪の中心になっている安済先生に、俺は声を掛けた。安済先生はもちろん、その周りを囲んでいた如何にも重役みたいな面構えをした人達も俺に注目を集める。

「えっと、あなたは……」
「株式会社フリーバの古泉潤と申します。本日は貴重なお話をお聞き出来、とても光栄でした」

 俺は頭を下げた。「畏まらないで顔を上げてください」との声が降り注がれ、顔を上げると、安済先生がにっこりとした笑顔を浮かべていた。壇上で講話をしていた時は威厳高い印象だったのに、今は雰囲気が柔らかくなっている。話し方も丁寧だ。

「今日はどうして講話に参加されるようになったんですか?」
「最近プロジェクトリーダーに選ばれたのですが、初めてやるため、まだノウハウがないので学びに来ました」
「なるほど。今回の話は、参考になりそうでしたか?」

 先ほどまで抱いた感想を正直に言うわけにはいかない俺は、一拍遅れて「はい」と応えた。俺の答えを聞いた安済先生は、「ははは」と声を出して笑った。

「申し訳ございません、少し意地悪をしてしまいました。古泉さんのように指導者という立場を初めて経験される方は、みな手っ取り早くリーダーシップを取ることが出来るような魔法を求められるのです」

 安済先生の話はあまりにも的を得ていて、俺は何も言えなかった。

「だからでしょうね。正直期待外れだ、といった表情をしている方が多くいたことは、前から話していてもすぐに分かりました。それでも、私があえて主張させていただいたのは、上に立つ人間に必要なのは、どんな小さなことにも真剣に取り組む前向きさだと思っているからなんです」
「真剣さ……」

 果たして俺にそれがあるのか分からなかった。俺は今まで無難に仕事をこなして来ただけだ。

 これまでの会社員としての行動を思い起こしていると、「古泉さん」と名前を呼ばれた。安済先生は真っ直ぐに俺を見据えていた。

「指導者というものは、責任の重い立場です。成功も失敗も、リーダーの舵次第で変わります」

 改めて言われると、俺はすごい立場に抜擢されてしまったのだ。俺は静かに首を縦に動かした。

「しかし、だからこそ、誰よりも達成感を味わうことが出来、やり甲斐のある仕事だと私は思っています。古泉さん、初めてのプロジェクトリーダーで戸惑い、上手く行かないこともあるかもしれません。けれど、最後まで諦めないでください。一緒に仕事をするのは人です。当然ですが、誰しも感情があります。古泉さんの諦めない姿を見て、胸を打たれる人もいらっしゃるはずです。その人たちと力を合わせながら、一つの壁を乗り越えるんです。目の前に立ちはだかる一つ一つのことに向き合えば、きっと越えられますよ」

 自分に粘り強さがあるかは分からない。けれど、安済先生の言葉が力強く、気付けば「はい」と言葉にしていた。

「これから始めるプロジェクトが、あなたにとって有意義なものになることを心から祈っています。今日は稚拙な話を聞いていただき、誠にありがとうございました」
「いやいや、稚拙なんてこと全くございません。講話だけでなく、このような貴重なお話までして頂き、ありがとうございました。失礼いたします」

 俺は頭を下げ、部屋を後にした。

 講話を受ける前はプロジェクトリーダーという責任ある立場に心が沈みかかっていたが、今は少しだけ前向きになっていた。

<――②へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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