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[小説]バタフライエフェクト②

バタフライエフェクト①

 ***

 ただでさえ重い雰囲気が漂っている会議室が、更に居心地の悪い空間へと変わっていた。

 この空気は原因を作っているのは、同じプロジェクトメンバーの仲間であり、俺より五つ上の坂居先輩と一つ年下の穴村によって引き起こされている。

 二人は目に見えて犬猿の仲だ。
 坂居先輩は仕事が速いけど、その分適当だ。反対に、穴村は一つのことに気を囚われるがあまり仕事が遅くなる。細かいことに気を使うあまり、周りに色々と問いかけて、時間を奪ってしまうようなこともある。
 まずは仕事に取り掛かろうとする坂居先輩に対し、穴村が一つ一つ確認を取る。そのせいで、坂居先輩は分かり易く苛立ちを募らせ、また確認をする穴村も不満を抱いている。

 今の空気になってしまったのも、取引先のピックアップを始めた時、列挙してくれる坂居先輩に、穴村が毎回突っかかったことが原因だ。

 もう一人のメンバーであり唯一の女性でもある須賀と、俺は黙って二人の様子を眺めるしかない。

 最早お決まりになりつつある二人のやり取りは、仕事を良くするためではなく、互いの揚げ足を取るために言っているようにもなっている。

 坂居先輩はもう少し下調べをしてから発すればいいのにと思うし、穴村は融通を利かせてくれればいいのにと思う。
 しかし、水と油に何をしてもダメだ。変に処置してしまえば、更なる爆発が生じかねない。周りがどうにかしなければ、二人の状況は悪化してしまうだろう。

 ここはプロジェクトリーダーである俺が、一石を投じなければならない。

 それに安済先生も言っていたではないか。一緒に仕事をするのは人だ、と。俺が真剣に声を上げれば、きっと二人の心も動くはずだ。

「坂居先輩、ちょっといいですか?」

 しかし、坂居先輩に伝えたいことと穴村に伝えたいことは若干異なっている。今一緒の空間でそれぞれに話しかけるというのは、互いの心象的にも良くないだろう。

 だから、俺はまず坂居先輩に話すことにした。

 坂居先輩と一緒に会議室の外に出ると、

「先輩の仕事の速さは尊敬しています」

 開口一番、俺は坂居先輩を褒め称えた。褒められた坂居先輩が、一瞬「おっ」と頬を緩ませたのを俺は見逃さなかった。

「坂居先輩のおかげで、いつも仕事の取っ掛かりを見出すことが出来ています。先輩の行動の速さで、いつもノルマをこなすことが出来ると思っています」

 実際、これは俺の本音でもある。まだ平社員であることが不思議なほど、坂居先輩には能力が備わっている。そこに丁寧さが加われば、坂居先輩は早く昇進するだろうと、本気で思っている。
 ある程度褒めたところで、「でも」と本題を切り出すことにした。

「でも、それが穴村や須賀にも伝わるようにしてもらえると――」
「良い立場になったな、古泉」
「え?」
「良い年してるくせに昇進も出来ない俺を嘲笑ってるんだろ?」
「ちょっと待ってください。俺、そんなこと思ったこと一度もないですよ」
「ハッ、どうだか。俺、知ってるんだぜ。お前が陰で俺の悪口を言ったことがあるってこと」

 何の話をしているのだろう。俺は坂居先輩のことを尊敬している。俺の下で働いてもらうことが申し訳ないほど、坂居先輩に対する評価は高い。

 そんな俺が坂居先輩の悪口を言うことなんて――、「あ」、考えた時、一つの可能性に至った。会社の忘年会で、周りが酒を呑んで酔っぱらっている時、確かに坂居先輩の話になったことがある。俺はその時、場の空気を尊重することを重んじて、周りが抱く坂居先輩の評価に同調してしまった。
 少しばかりの動揺が顔色に出てしまった。その動揺を誤魔化すように、俺は言葉を重ねる。

「いや、それは無礼講の場で周りが言ってただけ――」
「今も貧乏くじを引かされたって顔してるぜ」

 そう捨て台詞を言うと、坂居先輩は会議室に戻ることなく廊下を突き進んでいった。その後ろ姿からも坂居先輩が遺憾を抱いていることが感じられた。

 ミスった。俺が動揺してしまったせいで、坂居先輩のわだかまりを解くどころか、更なる不満を与えるキッカケになってしまった。

 プロジェクトリーダーなのに、俺は何をやってるんだ。

 不甲斐ない自分に平手打ちをしたくなったが、まだ会議室の中には穴村と須賀がいる。早く戻らなければ、二人にも更に不信感を与えてしまう。

「悪い、二人とも。坂居先輩には至急の仕事を任せたから、今日は直帰してもらうことにしたよ」

 嘘だとバレバレな嘘を口にしながら、俺は会議室に戻った。

 俺が廊下で坂居先輩と話している間、きっと穴村と須賀は微動だにせず待っていた。わざわざ聞かずとも、会議室の空気が固いままであることが何よりの証明だ。

「穴村、何か意見あるか?」
「じゃあ、せっかくなんで俺も言わせてもらいますけど」

 穴村の前置きは嫌な予感を彷彿とさせるものだった。だからといって聞かないわけにはいかない。「もちろん」と俺は言葉を促した。

 穴村は小さく細く息を吐くと、

「古泉さん、僕に仕事押し付けようとしていませんか?」
「は?」

 そう告白した穴村の発言は、先ほどの坂居先輩と同様、俺にとっては酷く的外れなものだった。

「新入社員時代からそうでしたけど、都合の悪いことは俺に押し付けてばかりでしたよね」

 しかし、穴村は至って真剣な表情を浮かべている。

 穴村の言葉に、俺は過去を思い出す。
 穴村は俺の初めての後輩だ。だからこそ俺は、社会人として必要なスキルや、この会社で憶えておかなければならない仕事を、たくさん穴村に教えた。
 それがまさか、穴村がそういう風にずっと捉えていたとは思いもしなかった。

「それはお前に色々と経験を積ませたいからで――」
「そういう言い訳はいいです。結果、古泉先輩が僕に仕事を押し付けたことには変わりないんですから。今回のプロジェクト、ただでさえ坂居先輩がいるっていうのに、古泉先輩にもまた仕事を理不尽に押し付けられると思うと、今から不安で仕方がないですよ」

 突きつけるような溜め息を吐くと、穴村は立ち上がった。

「おい、どこ行くんだよ」
「どこかの年長者もいなくなったんだから、僕もいいですよね」

 俺と須賀の方に一瞥もくれることなく、穴村は会議室を出ていった。

 プロジェクトリーダーとしてどうにかしなければならないと思い行動に出たはずなのに、過去の俺の行動が裏目に出てしまい、むしろ拗らせてしまった。

「古泉さん」

 自分の無力さに打ちひしがれていると、須賀が俺の名前を呼んだ。

 なんとか口角を上げて「どうした?」と問いかけると、

「今日はお先に失礼しますね」

 パソコンをそっと閉じて、須賀はそのまま会議室を後にした。

 須賀の行動は当然だ。メンバーが半分もいない会議に、ずっといる義理はない。ここを出て自分の仕事をやった方が、よほど生産的だ。

 一人会議室に残された俺は、机に思い切り額をぶつけた。

「……失敗した」

 修復が困難だと思えるほどに、チームは崩壊している。しかも決め手は、俺がメンバーのために良かれと思って出た行動だ。「ははっ」、思わず自嘲が口から漏れる。

 初めてプロジェクトを纏める立場になったというのに、まだプロジェクトの具体的な内容すらも決まっていない。

「……幸先不安すぎだろ」

 リーダーたる者、愚痴を言うべきではないと分かっているけれど、一人だけの今は許されるだろう。

<――③へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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