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[小説]無我夢中②

無我夢中①

 ***

 クラス委員長は華々しい役割のように思えるが、学校行事の取り纏めだったり、提出物を集めて先生に届けることだったり、クラスの皆が過ごしやすいようにまとめたりなど、実際のところは雑務ばかりだ。

 真剣に向き合ってしまえば、正直苛立ちばかりが募る役割だけれど、適当に受け流して、先生受けする行動をすればいい。
 そうすれば、クラス委員長という役割を、しっかりとこなすことが出来る。

 だけど、たまに理不尽なことを押し付けられることもある。押し付けられた理不尽のせいで、その日に立てていた予定は虚しく崩れ落ちていく。

「おい、弘瀬。先週締め切りの課題、出してないのお前だけだぞ」

 弘瀬の席の前に立つと、俺は苛立ち混じりの声で言った。

 クラス委員長のせいで予定が崩れるのは珍しい。委員長としての仕事が、そもそも少ないというのもある。しかし、予定が入っている時に限って、何故か面倒事は降り掛かって来る。

 今回の面倒事は、先週締め切りだった課題を弘瀬だけが提出していないことによって、引き起こされた。
 クラス委員長である俺と石須理子の二人が宇田先生に職員室まで呼ばれると、「相手は弘瀬だから大変だと思うけど、今日中によろしくな」と言われてしまった。そして、ご丁寧に先生から予備の用紙を貰ってしまった。

 そして、職員室を出ると、

「じゃあ、羽佐間、あとは任せた」
「はぁ? なんで俺が。てか、女子のことは石須がやれよ」
「私、今日はイツメンで遊ぶから無理! じゃ!」

 一方的に仕事を押し付けられて、石須は帰ってしまった。

 ――俺だってミネと遊ぶ予定があったのに。

 喉から出掛けた言葉を何とか押し留めると、俺はミネに断りのメッセージを送った。「ゲームは逃げないから」、「頑張れ、クラス委員長様わら」、そうミネから軽いノリで返信が来た。
 変人を相手にしないといけないと思うと、心が重かった。

 抱いた杞憂は杞憂のまま変わることなく――、

「……」

 相変わらず浮世離れしたまま、弘瀬は虚空を見つめていた。目の前にいるのに、俺の存在なんて気にも留めないように、弘瀬の視線は俺と被らない。

 放課後の教室は二人きりなのに、同じ空気を吸っていないかのようだ。

 うちのクラスメイト達は、放課後になるとすぐに教室を後にする。誰もいない教室で、弘瀬が一人教室に居残っていることは知っていた。いつものタブレットを広げて、自席で大人しくしているらしいが、何をしているかまでは誰も知らない。
 変人の行動に関心を払っていられるほど、誰も暇じゃなかった。

「そんな難しいもんじゃなかっただろ。文系に進むか理系に進むか、その二択を決めるだけのアンケートだ」

 こうして弘瀬の前に立ったとしても、何をしているかは一切分からない。タブレットの画面には、メモアプリが立ち上がっているのだろう、空白だった。

 漠然としたものが目の前に押し寄せると、人はどこから手を掛けたらいいのか分からなくなるものだ。
 弘瀬も自分が何をしたいのか漠然としていて、動くに動けない状態に陥っているのかもしれない。

「確かに将来を決めるのは不安だと思う。けど、今回のアンケートで確定するわけじゃない。とりあえずは軽い気持ちで書いて、あとで決めればいいんだよ。そうすれば、誰にも迷惑を掛けず、体裁を保つことは出来る」

 ならば、と俺は弘瀬に当たり障りの良い言葉を投げかける。

 何を言っても、弘瀬には響かない。だから、提出物を出せることだけを目標にする。

 そう思っていたのに、どこでスイッチが入ってしまったのか、話している途中にも関わらず弘瀬はいつもの奇行に走り始めた。弘瀬の左手がペンシルを掴むと、書く時間さえも惜しむような速さで、乱雑な文字がタブレット上に綴られていく。弘瀬の考えていることが可視化されているのに、全くもって理解出来ない。
 よりにもよって、このタイミング。
 目の前にいる俺がいるのに、まるでいないかのように振る舞われる。

「お前さ、何なの?」

 苛立ち混じりの声を、俺は発していた。それでも弘瀬は反応しない。弘瀬の唇の小さな動きに連動して、どんどんとタブレットに黒が広がっていく。

 ひたむきに書き殴る弘瀬の目は、とても――。

「おい、聞いてるのかよ」

 気付けば、俺は右手を思い切り弘瀬の机の上に置いてしまった。バンッという痛々しい音に、ようやく弘瀬が反応を見せた。
 肩を跳ねらせたと同時、弘瀬の想いを体現していた左手が止まる。

「いつも人の話聞かないで、何様のつもりだよ。誰にも何も言わないで、自分勝手に生きてるから怖いんだよ。お前の尻拭いをするのは、結局周りだって分かってんの? 今だって、お前が課題を提出しないで迷惑を受けてるのは俺だ。そうだろ。社会で生きて行くんなら、もっと周りに気を遣えよ。自分勝手にやって、本当お前は何がしたいんだよ」

 反応を見せた弘瀬になら、言葉が届くと思った。

 だから、ここぞとばかりに、俺は言った。言ってしまった。

 教室の空気が重苦しくなっていることに気付き、ハッと我に返った。
 ここまでするつもりも、ここまで言うつもりもなかった。

 誰にも媚を売らずに我が道を進む弘瀬に、俺はいつもモヤモヤしていた。そして、ここに来て、俺の予定が壊されてしまった。

 人は自分に実害が及ぶようになると、スイッチが入ってしまう。
 俺は自分を抑えることが出来なくなってしまい、今まで言えずに抱えていたものを、全部ぶちまけた。

 それでも、まだ心はスッキリとしない。
 心がかき乱されているのは、苛立っているから。

 でも、俺の心が乱れているのは、本当に――。

「――」

 初めて弘瀬と目が合った。

 ここでいつもみたいに澄ました顔を貫いてくれれば、俺は自分の感情をぶつけてしまったことを正当化することが出来た。

 なのに、弘瀬の瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。

 ――本当に苛立っているからだけ、なのか?

「……っ、課題、明日には石須に渡せよ」

 捨て台詞を吐くと、俺は教室から飛び出していった。

 先生からの言伝を破ったことで、多分、明日の俺は先生に怒られる。石須と一緒に怒られる。そして、先生に怒られた後に、更に石須からも追い打ちを掛けられる。

 一夜明けた未来の自分の姿が、ありありと想像出来た。

 けど、そんなこと知ったことがない。
 それよりも、弘瀬と一緒の空間にいることの方が耐えられなかった。
 あのまま弘瀬といたら、惨めな思いを抱いていただろう。

 だから、逃げた。

――③へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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