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[小説]雷の悪戯③

雷の悪戯①

雷の悪戯②

 ***

「……嘘」

 幼馴染である藤本剛に関するニュースを見た時、口から吐いた言葉は我ながら間の抜けたものだった。
 だけど、そんな間抜けな言葉が堰を止めていたのか、私の中で剛との想い出が溢れ始めてしまった。

 私と剛は幼稚園からの幼馴染で、もう十五年近くは一緒の時間を過ごしている。
 小学生の時は性別なんて関係なく遊んでいたし、中学生に上がって周りの同級生達が恋愛に現を抜かす時期になっても、私と剛はこれまで通りの関係性を築いていた。
 私自身、男ばかりの家庭で過ごしたことによって、男勝りな性格に育ってしまったからかもしれない。

 剛と一緒に過ごす時間は、自分を着飾ることをせず、楽に過ごせる時間だった。剛が元来持っている性格も関係しているかもしれない。

「なごみぃ!」

 声高く舌足らずに私の名前を呼ぶ剛の声。今では想像も出来ない声は、とても懐かしいものだった。

 中学生になって声変わりの時期がやって来て、高校生になって少し横柄になって、大学生になって自由奔放になって、元も子もないというのに不思議だ。

 そんな剛が自然災害に巻き込まれた。今もなお、死の瀬戸際にいるらしい。ニュースを見ながら気をヤキモキさせているけれど、私は安全圏の中にいる。

 窓に意識を向ければ、窓を割らんばかりの豪雨が打ち付けている。
 こんな状況下でも、危険を顧みない行動をするのは最近の剛らしい。

 子供時代の剛は、ここまで無鉄砲ではなかった。

 剛は幼い時から、人懐っこくて、要領も良かった。
 おそらく剛は、新しく何かを挑戦しようとしても、二回か三回ほどでそつなくこなすことが出来る。
 その習得スピードの速さに、何度驚かせられただろう。

 幼馴染として、剛に対して尊敬を抱いていた。それと同時、剛に対して諸刃の剣のようなものを感じ取っていた。その類稀なる才能が、いつか剛を苦しめる刃と貸すような――、そんな予感を抱いていた。

 そして、その予感は見事に当たった。

「和。俺、大学辞めるわ」
「はぁ?」

 大学四年に進級した直後――つまり、今から半年くらい前のこと。

「いや、流石にもったいないよ。あんた、ちゃんと考えてるの?」
「考えろってもさ、あと一年大学通って卒業したところで、待ってるのは就職だろ? で、そこからはただ働くだけ。そんなの息苦しすぎるよ。俺には我慢できない」

 自由奔放な剛には、確かに一般企業に務めることは拷問に近いだろう。

 しかし、それでも学費がもったいなさ過ぎる。剛の家だって、そんなに裕福ではないのに、申し訳ないと思わないだろうか。
 けど、剛は一度こうと自分の中で決めたら、他の人の意見では覆らない。

 剛がブレーキを外して走ろうとするところを、いつもそれとなく注意しているが、それは全て無駄骨となる。

 剛が自分の意見を翻したのは、私の記憶上、たった一度だけ。大怪我をしたことで、「俺が進む道はこっちじゃねーって直感した」とそう言っていた。

 剛が変わらないのは分かっていた。けれど、一縷の望みを掛けて、私は再三注意を促す。
 剛の友達も説得をしてくれたようだが、変わらなかった。剛はあっという間に、大学を辞めた。

 剛が大学を辞めたことで、大学時代の友達とは関係性が完全に切れたらしい。山岳サークルの友達も、大学に入学した当初に知り合った友達も、今や剛の周りには誰もいない。剛の性格についていけなくて、元々緩んでいたところ、完全に切れてしまったようだ。

 しかし、私の場合は違う。大学を辞めたからと言って、幼馴染の関係性がなくなるわけでもない。
 家が近所であるから、私はよく剛と顔を合わせた。また、何気ない連絡もよく交わしていた。

「登山しないか?」

 剛から、唐突な誘いのメッセージが飛んで来た。二日前のことだ。

 就職活動も終わって、自然に触れ合いたい気分だった。「いいよ。いつ?」と訊ねたら、この最悪の天気の日を提案して来たから、「馬鹿なの?」と流石に一蹴した。

 悪天候だと言われている中で山に登るのは、身の程知らずを越えて、自殺志願者に近しい。いくら命があっても足りない。自然を舐めすぎだ。私はまだ死にたくなかった。だから断わった。天気が晴れていたら、迷いなく頷いた提案だった。

「剛、マジで行っちゃダメだよ」

 今回も、私は剛に注意した。多分今までの人生の中で一番強くハッキリと言った。

「だって、家にいるの暇なんだもん。いいじゃん、和も行こうぜ。豪雨の中、山登りなんって、超楽しいだろ」

 だけど、剛は頑なに頷くことはしなかった。それどころか、しつこいくらいに私のことを誘って来た。

「そんなに行きたいんだったら、一人で行けば? その代わり、剛との縁は切るけど」
「そっか。んじゃ、いいわ」

 そこでメッセージが途切れた。
 だから、その時の剛がどんな表情をしていたのか、全く分からない。だけど、あっさりと引き下がった剛が、少しだけ怖かった。
 私の当たってほしくない予想は、見事に当たってしまった。

「だから言ったのに」

 自分の欲求に抗わなかった結果、剛は自然災害に巻き込まれている。

 最近の剛は、身勝手なところが多い。他人のことを顧みることをせず、自分本位に動き、誰かに迷惑を掛けている。
 その報いを、剛は今受けているのかもしれない。

 それでも、剛はまだここで終わっていい人間ではない。

 退屈に押し潰されそうになることを疎い、剛は色んなことに手を出しているけれど、本来の剛には才能が満ち溢れているのだ。
 その才能を正しい方向に使えれば、きっと剛もこれ以上命を危険に晒すような無謀な遊びをしなくなるはずだ。
 むしろ、時間が足りないと嘆き、「退屈だ」なんて酷く身勝手で失礼な我が儘を言うこともなくなるだろう。

 だから、私は雨が強く叩きつける部屋で、一人祈る。

「剛が無事に目を覚ましますように」

 そして、どうか願わくば。

「剛が自分の生き方を見つめ直すことが出来ますように」

――④へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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