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[小説]無我夢中③

無我夢中①

無我夢中②

 ***

 全ての能力が平均そこそこの俺は、何者にもなることが出来ない。運動が出来て周りから持ち上げられることもなければ、勉強が出来ることで誰かから頼られることもなく、クラスを盛り上げるような明るい性格でもない。それでいて、譲れないほどにやりたいこともない。
 そのくせ、誰かから認められたい承認欲求だけは著しくあるのだから、どうしようもない人間だ。

 特筆すべき個性もなく、クラスの中で明確な立ち位置を持つことが出来ない俺が選んだのは、クラス委員長だった。

 幸いなことに、クラス委員長という役割は、地味で雑用が多いからやりたがる人は少ない。うちのクラスのクラス委員長を決める時も、誰も手を挙げなかったから立候補しやすくて、難なく就くことが出来た。

 それから俺は、クラスメイトから真面目な人間として認知されるようになった。
 正直、楽だった。先生から指示された雑務を行ない、クラスの中で問題が起こらないようにすれば、それだけでよかった。

 俺達のクラスは、仲が良く、最高のクラスになった。

 ――弘瀬登紀乃という変人を除けば。

 入学したての時から、弘瀬の奇行は続いていた。周りに歩み寄ることをせず打ち解けることもない弘瀬のことを、このクラスは関わらないという方針で一致団結した。

 自分の世界にしか興味のない変人なのだから、無理に関わらずとも、勝手にやっていけるだろう。このクラスの誰もが、そう思い込んでいた。
 だから、このクラスになってから半年以上が経過しても、俺は弘瀬と関わったことがなかった。

 しかし、つい先日、放課後の教室で初めて弘瀬の目を見て分かってしまった。

 弘瀬は変人なのではなく、ただただ純粋なだけだ。そして、何かは分からないが、弘瀬には本気で向き合えるものがある。
 そのことを成し遂げるためなら、多分弘瀬は自分を限界にまで追い込むこともする。

 この場に留まって弘瀬の目を見続けていたら、俺がちっぽけな人間だということを突きつけられるような気がした。

 何もできないからこそクラス委員長をやっている。クラス委員長という役割を持つことで、なんとか周りから認知され、自分のアイデンティティを保っている。そのメッキが剥がれてしまったら、俺には何も残らない。

 だから、逃げた。

 人と違うことで見向きもされないことに耐えられない俺は、こうして逃げることしか出来ないのだ。
 嫌なことだって、直面しなければなかったことに出来る。

「最近元気ないじゃん、はざやん」

 校長先生の実にならない話だけが流れる全校朝礼の時間、後ろにいたミネから指摘されてしまった。

 弘瀬と関わってから、俺の中で負の残滓が渦巻いている。
 なかったことになんて、出来るわけがなかった。

 自分の目標に向かって、一つのことに一途に取り組む弘瀬。
 やりたい夢なんてなく、安直な立ち位置に留まり続ける俺。

 同い年なのに、ひたむきになれる弘瀬に俺は嫉妬しているのだ。
 俺は途中で投げ出す。いや、そもそも最初から向き合うことはしない。

 だって、もし仮にやりたいことを見つけたとして、俺にはそれを成し遂げる能力がないから。そして、自分に正直になることで、周りから非難されることを極端に恐れている。

 弘瀬と向き合う時だって、俺は自分の思いを代弁するために、不特定多数の意見を交えながら言った。自分の本心を言うことが怖かったからだ。

 俺は弘瀬のように生きることは出来ない。

「別にそんなことないって」

 俺は何でもないようにカラ元気を振る舞った。

 別世界に生きる変人のことを、ここまで気にも留める必要がないことは頭では分かっていた。なのに、どうして弘瀬登紀乃にここまでかき乱されてしまうのだろう。

 その答えは、思わぬ方向からすぐにやって来た。

「えー、校長先生の話も終わり、普段ならここで全校朝礼も終わるところですが、一つ報告があります。一年生の弘瀬登紀乃さんが開発したアプリが、グッドイヤーアプリに選ばれました」

 退屈な全校朝礼のせいで誰もが雑談を交わしていたのに、一瞬、体育館の中がしんと静まり返った。

「弘瀬さんのアプリは、誰もが直感的に使用することが出来るというその操作性が卓越していると認められました。また最近では、テレビゲーム版としても普及されるようになり、多くの人の心を惹きつけています。その功績が認められて、今回の賞を受賞することとなりました」

 司会をする教頭先生は、何でもない事実を淡々と告げるが、普段からそのアプリを使用している俺達からしたら溜まったものではない。

 小さな人間の姿をした神様が、前触れもなく目の前に現れた。

 そんな衝撃が、俺達を襲っている。

「弘瀬さんみたいにしたら、絶対に成功するという保証はありません。しかし、成功する人は皆、自分の可能性を信じて、ただひたすらに没頭するものです」

 知ってる。俺らのクラス全員、弘瀬が日々どれだけ集中しているか知ってる。周りの反応を気にも留めず、孤高の存在として教室に居座る弘瀬のことを、変人として扱った。

「えー、では、弘瀬さんからも一言いただきましょう」

 緊張していることが見て分かるほど固い動きで、弘瀬は壇上に現れては、真ん中に立つ。

「……わ、わたしは」

 マイクを受け取った弘瀬は、下を向いている。

 表舞台に上がることに慣れていない弘瀬は、ぼそぼそと数言呟くと、頭を下げた。この場にいる誰もが、弘瀬の言葉を聞き取れなかったが、終わったことを察して拍手を送った。
 弘瀬へと送られる拍手を聞きながら、俺は微動だにすることが出来なかった。

「……そっ、か」

 弘瀬の行動一つ一つが腑に落ちて、ただの天才だったということを再認識させられた。

 全校朝礼のあと、弘瀬を取り巻く環境は変わった。
 体育館から教室に戻ると、弘瀬の周りには多くの人が集まっていた。うちのクラスメイトはもちろん、見知らぬ顔もいる。

 若い世代なら誰しもが知るアプリの開発者が、同じ空間にいると知ったら、一目見たくなるのも当然だろう。弘瀬の周りにいる人達は、口を揃えたように弘瀬のことを褒め称える。

 だけど、変人は変人。

 環境が変わったとしても、そうすぐに変わることもなく、弘瀬は弘瀬のままだった。
 誰に褒められようとも、右から左に受け流すような反応を見せ、やがてハッとしたようにタブレットにメモを綴る。

「わー、本物だ」

 最初は、皆がそのような反応を見せた。あの爆発的な人気を誇るアプリが生まれる片鱗を目の当たりにしているのだ。テンションが上がらないはずがない。

 けれど、弘瀬は喜ぶ素振りを一切見せなかった。

 まるでか細い蜘蛛の糸を千切らせないように丁寧に手繰り寄せるように、一心不乱に書き綴っていく。

 天才の異業を目の当たりにして、俺達みたいな凡人に出来ることは何もない。

 弘瀬登紀乃がもてはやされたのは一過性で、いつの間にかまたしても変人として、このクラスに君臨するようになった。

<――④へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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