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自然は人に寄り添い、人の生活を豊かにする。自然が及ぼす影響は、人の考えを遥かに超越していて、人々に禍福をもたらす。
そう。喜ばしいことだけでなく、災いも共に――、だ。
「現場で巻き込まれたのは、今のところ一人だけだという情報が入り込んでいます。えっと、巻き込まれたのは、二十二歳フリーターの藤本剛さん。病院に搬送されたようですが、生死は不明なようです」
現場から得た情報を、リポーターとして必死にスタジオもしくはカメラの向こうにいる視聴者に伝えていく。
だけど、視界さえも危ぶまれる矢のような雨に、私の声がかき消されていないか心配になる。
常識を抱いている真っ当な人間であれば、出歩くこともない悪天候なのに、私やスタッフのみんなは、命を顧みずに外へと出ている。テレビに映るような人間は、みな華々しく思われるかもしれないけれど、そんなことはない。少なくとも今の私は、女という立場を捨てて、みっともない姿でカメラの前に立っている。我ながら何をやっているのだろう、と思うときもある。
――雷に巻き込まれた人がいるらしい! 現場に行くぞ!
世界中の音を奪うかのような雷鳴が響いた後のことだった。鼓膜が破けんばかりの轟音に、私の体は思わず跳ね上がり、本能的な恐怖を抱いてしまった。
そんな雷に巻き込まれた人がいると思うと、気が気でなかった。個人的な想いとして、豪雨の中でまで外に行くことは阻まれたけれど、そこはリポーターとしての使命感が勝った。嫌々ではなく、絶対に伝えるという想いで、現場に向かうことにした。
現場に着くや否や、現場の酷い有り様に私は愕然とした。
雷に打たれた木は大きく倒れ、燃え盛っている。サイレンの響く音や酷く雨が打ち付ける音、また炎で燃え盛る音などのアンサンブルは、到底この世のものとは思えないほどのものだった。
こういう場面に直面する時、自然がもたらす災禍について、考えさせられる。
今日の悪天候は、事前に天気予報でも周知されていた。ここまで酷く荒れるとは報じられていなかったものの、外に出歩くことは控えるようにと、数日前から警戒を促していた。
なのに、藤本剛という人間は、外に出歩くことはおろか、無謀にも山登りをしてしまった。
名前しか知らない赤の他人のせいで、私はこの雷雨にも関わらず、外へ出ることになった。
藤本剛さんはいったい何をしでかしてくれたのだろう。
生死が不明な状況である藤本剛さんに対して文句を言うことはお門違いだということは分かっているけれど、せめて心の中だけでは悪態を吐かせて欲しい。
「唯奈ちゃん、傘入って」
スタッフの方の配慮に甘えて、私は傘に入った。傘なんて今更差したところで状況は何も変わらないけれど、精神的な支えにはなる。
全身ずぶ濡れになっている状況で、空模様を見た。当然ながら、雨が止む気配は一向にない。
人の行く道を阻み、人の命さえも奪い流そうとする豪雨だけれど、誰かにとっては恵みの雨になる。
この仕事をしていると、自然がもたらしてくれるものは、人次第だとたびたび痛感させられるものだ。
そして、それと同時、ただ偶然に起こる自然現象も少ないということも思えてくる。
「今回だって――」
――巻き込まれた人が、何かとんでもないことをやらかしていて、その罰を受けたのではないか。
リポーターとして仕事をしていく内に、そう邪推することが、私はいつしか多くなっていた。
その一面だけを捉えれば、偶然起きたように見えるかもしれない。けれど、その裏の裏まで読み取れば、偶然なんてなかったのだと思える。
生じた物事には、何かしらの原因があるのだ。
自然災害だけじゃない。政治や会社などの不祥事、交通事故、その他諸々のこと、この世で起こる全てに意味がある。
深く深く調べていくと、全て見抜かれているのでは、と勘ぐってしまうほど、怖ろしいほどにタイミングが合っていることが多々ある。
今回の藤本剛さんに関しても、一面を切り抜けば、「悪天候の中、山登りに挑もうとした果てに、自然災害に巻き込まれた」だけになる。しかし、藤本剛さんの人柄が判明したら、「藤本剛さんの普段の素行に灸をすえた」という新たな角度が見えるかもしれない。
もちろん、私はまだペーペーのリポーターだから、経験した数なんてそう少ないのだけれど――。
「ひゃっ」
世界が強烈な白に染まった二秒後、爆撃が起こったのかと思うほどの轟音が響く。
心なしか、打ち付ける雨が強くなった気がした。
今のタイミングも、私の精神を引き締めさせるためのものではないか。なんて勘繰ってしまうのは、流石に無粋か。
「CM明けるよ。準備いい?」
「はいっ!」
だけど、お陰で気を引き締め直すことが出来た。
雷に対する恐怖心は完全には拭えないけれど、私にはやるべきことがある。
リポーターとしての真剣な表情を浮かべると、私はカメラの前に出た。
今の私がやるべきことは、この現場の状況を正確に伝えること。それが、私の選んだ仕事だ。
<――②へ続く>
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