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[小説]雷の悪戯④

雷の悪戯①

雷の悪戯②

雷の悪戯③

 ***

 周りとは合わない、俺は昔からそう思っていた。

 何もない空白の時間というのがとにかく嫌で、刺激を求めるように色々な行動をした。退屈を凌げれば、何でもよかった。

 高校生や大学初めの頃は、まだ常識の範囲内でやっていたと思う。同級生達に自分から声を掛けて遊びに行ったり、家でだべったり、一緒にスポーツをしたりと、健全そのものだった。

 しかし、いつしかそれだけでは足りなくなっていった。

 俺の箍を外すきっかけとなったのは、酒だった。酔った勢いに任せれば、今までの俺に出来なかったことも行なうことが出来た。今までなら考えることもなかった遊びも出来るようになって、何もない時間もなくなるかのように思えた。

 けれど、周りの反応は違った。見境のない行動をする俺を、蔑むように見る目。あれだけ周りにたくさんいたのに、どんどんと離れる友達。そんな不躾な奴らを払拭したくて、俺は更に突飛な行動を取った。誰もが俺に羨望の目を向ければいい。結果、もっと周りを置いていくことになって、どんどんと心の距離も離れていく。

 そんな負のスパイラルに、気付けばずっとハマっている。
 抜け出す方法が分からなかった。

 誰とも違う自分になれば、もっと不特定多数に個性を認められるのではないかと思って、俺の行動は更に荒れた。ブレーキを失った暴走機関車のようだった。

 そして、ずっと隣にいてくれた和にも、ついには見限られてしまった。

 観測史上最大の豪雨とかニュースでは騒がれていたけれど、そういう謳い文句はよく耳にしている。家に大人しくしているようにと注意喚起が促されても、家でジッとしているなんて耐えられなかった。
 だから、俺はこの悪天候でも山登りをするというチャレンジをしようと思った。

 山登りに和を誘ったところ、命が危ないからやめな、と言われ、もし行くなら縁を切る、とも言われた。

 悪天候だと騒がれている中で山に登ろうとするのは、確かに無謀そのものだろう。けれど、とにかくジッとしていたくなかった。
 和と縁を切ることも覚悟で、俺は一人で山に登ることにした。

 俺はいつもそうだ。
 何か、に突き動かされるように、体も心も動いてしまう。

 体が飛ばされそうな突風、視界も危ぶまれるような豪雨。自然を舐めるな、と言わんばかりの仕打ちが俺を襲う。

 どうやらニュースは本当だったようだ。
 今まで体感したこともない悪天候に、流石の俺も、とんでもない過ちを犯したのではないかと思う。

 けれど、一度決めたことは、自分の意志では覆せない。
 それこそ、先に進まなければならない、という何かに俺は突き動かされている。

「何か、ってなんだろうな」

 散弾のように降りしきる豪雨を浴びながら、ぼんやりと霞む頭で考えた。

 いつも何かに突き動かされるように行動して来た。けれど、俺の行動全てが無意味になって、空振りしている感覚は心のどこかにあった。いや、それどころか、何かを追い求めようとすればするほど、どんどん心の渇きは酷くなって虚しくなっていた。

 けれど、立ち止まると、自分自身ではいられなくなるような気がして、がむしゃらに行動した。

 何か、の答えはいつまで経っても分からない。

 ――はずだったのに。

 突如、脳の中に光が差し込んだ。その光に、体が痺れるほどの感動を受ける。

「……ぁ」

 何か、の正体が分かった気がした。

 と同時、世界そのものが崩壊するような怒号が、俺の耳を、いや全身を劈いた――。


 ――暗い昏い空間に、俺は一人でいた。
 そのまま一人でいると、存在を否定されて、吞み込まれてしまいそうだった。
 何も見えない世界で、正解なんて分からない。だから、俺はがむしゃらに走った。とにかく消えたくなかった。
 誰かの呼ぶ声が聞こえた。だけど、止まらない。自分のことしか信じられない。
 全力で駆け抜けていると、突如、轟音と共に黒の空間に亀裂が走った。そこから垣間見えた世界は、誰も笑っていなくて、苦しそうで、まさに地獄と称するに相応しい景色だった――。


「――っ」

 あまりにもおぞましい光景に、体が無意識に反応した。

 無理に体を起こしたからか、全身に痛みが走った。けれど、この痛みが生の実感をさせてくれて、痛いはずなのに、どこか心地よかった。
 けど、俺がさっきまでいた場所は何だったのだろう。思い出そうとする、その行為だけで動悸は更に激しさを増す。

「……剛?」

 心臓を抑えていると、俺を案ずるようなか細い声が聞こえた。懐かしく、荒立つ心を凪にさせる声の方を向くと、

「剛!」
「……な、ごみ?」

 幼馴染の和だった。和は何故か眦に涙を浮かべている。

「和が無事でよかった」

 先ほどの光景を見たばかりだからか、五体満足でそこにいる和を見て、心の底から安堵した。
 しかし、俺の気遣いに反して、和は少しばかり呆れたような声を出している。

「それはこっちの台詞だっての。剛。あんた、ずっと意識がなかったんだよ?」
「え?」

 白い天井、白いカーテン、白い布団。間違いない。ここは現実だ。さっきまでの空間は、どこにもない。

 あの景色が夢の中の出来事だと意識した途端、最早思い出せないほど朧気になってしまった。霞に消えて思い出せなくなると、俺の中の真新しい記憶が更新される。

 まるで滝の中を歩いているのかと錯覚するほどに降り注ぐ豪雨の中、山に登っていたはずだ。ここまでは思い出せる。しかし、白い光に苛まれて、最後まで思い出すことは叶わない。

 どうして病室のベッドに眠っているのだろうか。
 新たに生じた疑問を、そのまま和に告げる。

「えと、ここは……? なんで病院? そもそも、意識がなかったって……」
「憶えてないの? あんた、最悪の天気の中、山に登って、雷の被害にあったんだよ」
「あぁ、そうか」

 俺の記憶を苛む、白い光。

 あの正体が分かった。あれは稲光だ。目の前に落ちる雷に、俺は気を失ってしまったのだ。

 焼け焦げた大木、周りへと広がる大火、降りしきる雨、土砂崩れなど、和から状況を聞くと、雷が落ちた現場は壮絶だったらしい。
 その状況下でも、救助隊の人の手によって、俺は的確に助けられた。九死に一生を得る、とはこういうことかと思った。

「あんたのお母さんから聞いて、豪雨も落ち着いて来たから、飛んで来たんだよ。私に感謝しなよ? 私が来なかったら、家族以外に誰もあんたのお見舞いに来ないでしょ」
「……ははっ」

 目覚め早々に、耳が痛い話を遠慮なくしてくれる。
 けど、変わらない和らしさに、俺は安堵して苦笑を漏らした。

 多くの人にとって言いづらい内容だとしても、和は遠慮なく言葉を発する。誰に対してもそうなのだけれど、特に俺に対しては、ズバッと言う。

 実際は和の言う通りだ。

 俺は今までずっと退屈が嫌いだった。自分のペースで、自分の好きなことをずっとやり続けたいと思っていた。俺を突き動かす言葉に言い尽くせない衝動は、行動することでしかかき消すことが出来ないと思っていた。

 そのために、俺は全てのものを断ち切って来た。
 交友関係も、幼馴染も、社会的な立場も、また自分の命でさえも。

 だけど、違った。

 常識に囚われないように生きて来たのに、得たものはない。むしろ、失ったものの数の方が多く、その果てに俺を満たすものは皆無だった。

 俺が今までやってきたことが無駄足だったのだったのだ、と今回の出来事を通じて、痛いほどに突きつけられた。

 ふぅと息を吐き切り、

「ごめん」

 そう伝えると、和が目を見開く。

「和が俺のことを思って止めてくれたのに、その言葉を無視した。その挙句、こうして死にかけてちゃ、世話ないよな。……俺、ようやく分かったよ」

 考えなくても、言葉がすらすらと口から滑り落ちる。着飾る必要もない、噓偽りのない本心だから、ありのまま話せばいい。

「自由と無謀は、違う。やりたいことやってれば幸せになれるってわけでもない。むしろ、自己中な行動で、周りに迷惑を掛けて不孝にさせたら、それは本当の幸せにはならない。それよりも、俺にしか出来ないことをやって、誰かの役に立てるように生きたい」

 俺のことを知らない誰かに、今日の出来事を話したら、多分「ついてないな」の一言で済まされるのだと思う。もしくは、「馬鹿みたいな行動した罰が当たったんだよ」と一蹴されるかもしれない。

 事実、その通りだ。
 けれど、俺は今日の選択を悔やむことはしない。

 雷が目の前に落ちて、九死に一生を得たからこそ、俺は自分の行動を心の底から反省することが出来た。

 そして、本当に大事なものを知ることが出来た。

 和が真剣な表情で俺の言葉を聞いてくれている。俺はまだ和に言わなければいけないことを言えていない。「だから、さ」、震えそうになる声を無理に留めて言う。

「だから、もう一度だけ切れた縁を戻してくれないか? もう和を心配させるようなことはしない。これからは生まれ変わったつもりで――」
「あははっ」

 真剣に語っていたのに、和が笑った。

「人が真剣に話してるのに、なんで笑うんだよ」
「あぁ、ごめん。剛がこんな真面目に反省してるの見たことなくてさ。真っ直ぐに謝るなんて、いつぶり?」

 反論の余地もなかった。今までの俺は、己の過ちを頑なに認めようとしなかった。

 和の前で本心をぶつけたことも、ちゃんと謝ったことも、今まで長く幼馴染を続けて来たけれど、多分今まで一度もない。

 急に恥ずかしさが込み上げて来て、俺は何も言うことが出来なかった。

 そんな俺を気遣うような柔らかい息を漏らすと、

「いいよ。改めてよろしくね、剛」

 全てを許すような温かな声音で、和は言った。

<――終わり>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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