MENU

[小説]無我夢中①

 ***

 このクラスには、変人がいる。

 齧りつくようにいつも机に座っていて、この世に留まっていないようにいつも上の空で、そのくせ突然スイッチが入ったかのようにいつも急にスマホやタブレットを一心不乱に操作する。当然、周りとは上手く馴染むことなく、いつも一人で過ごしている。

 最近の女子高生とは一線を画した存在。

 その変人の名前は――、

「弘瀬のことずっと見てるけど……、何してるん、はざやん」

 ――弘瀬登紀乃。

 それがこのクラスにいる変人の名前だ。

 ちなみに、羽佐間峻希という俺の名前をはざやんと呼ぶこいつは、嶺田洋介。通称ミネ。もうかれこれ十年くらいの付き合いになる、いわゆる腐れ縁だ。

「弘瀬って、いつも何してるのかなって気になってさ」
「ああ。本当に何やってるんだろうな」

 今も昼休みだというのに、誰とも関わることなく、机に座り込んでいる。机の上にタブレットとペンシル以外何もないことから、昼ご飯を食べたのかさえも怪しいものだ。

 だけど、これが日常茶飯事だ。
 高校生に進学して、このクラスになってから半年以上が経過するけれど、弘瀬が誰かと関わっているところは一度も見たことがない。

 高校生という立場――否、玄関を出て社会で過ごそうとするのなら、誰かと繋がる必要がある。そうすることで、社会に生きる甲斐と価値が見出せる。と、俺はそう考えている。
 なのに、弘瀬は一人でいて平気なのだろうか。それとも、社会的な繋がり以上に甲斐を見出せる何かが弘瀬にはあるのだろうか。

 分からなかった。
 弘瀬登紀乃という人間について、半年以上同じ空間にいても誰も何も知らない。

「弘瀬も一歩踏み出してコミュニケーション取れば、少しは高校生活が変わると思うんだけどなぁ」
「クラス委員長は、真面目だね。一人になってるクラスメイトが放っておけないってか」

 溜め息交じりにミネは言う。

 クラスの大半の人間は、ミネみたいに弘瀬に興味を持っていない。ただの空気として扱っている。こうして弘瀬について話題を持ち上げる俺が、クラスの中で少数派なのだろう。

 確かに俺はクラス委員長をやっている。
 けれど、真面目だからクラス委員長をやっているんじゃない。本来の俺は、怠け者で勉強も出来ない。ただ人当たりの良さだけを持ち前にして、日々を過ごしている。そんな俺がクラス委員長なんてやっているのは、何も出来ることがなくて、それなりの立場が欲しいからが理由だ。

「そんなんじゃねぇよ。俺に実害が及ばなければ、それでいい。もし弘瀬のせいで面倒事に巻き込まれたら、さすがに文句言うかも」
「うへぇ、クラス委員長様はこわっ」

 茶化すように言うミネを冗談交じりに睨み付けると、「許してくだせー」と両手を合わせて言った。
 こういう茶目っ気のある性格が、ミネが周りから好かれる所以だろう。

「てかさ、そんな気になるんなら本人に聞けば良くね?」
「嫌だよ。俺まで変人扱いされたらどうするんだって」

 俺は真面目な人間としてクラス内で周知されている。変人なんてレッテルを貼られてしまったら、俺はきっとたちまちクラス内での立ち位置が失われてしまう。それは、それだけは絶対に嫌だった。

 俺の心の内を知ってか知らぬか、提案した本人のくせに、「だよな」とミネはあっさりと引き下がる。そして、話はコロリと変わり、

「それよりさ。はざやん、今日の放課後ひま?」
「おう、暇だけど」
「やりぃ。最近流行ってるスマホゲームのコンシューマー版が出たから、一緒に俺んちでやらね?」

 若い世代なら知らない人はいないパズルアプリ。デフォルメ化されたキャラに、単純操作とランク制が絶妙にマッチしていて、多くの人が競うようにゲームに夢中になっている。その人気が博して、ついにはテレビゲーム版も出ると聞いていたが、まさかここに買った奴がいるとは。

「え、マジで? めっちゃ行きたい」
「はざやんならそう言ってくれると思った。楽しみにしてる」

 放課後の予定が決まったところで、まるで時間を見越したようにチャイムが鳴り響く。「じゃあ、また後でな」とミネが自席に戻っていく。

 昼休み明けの授業は、英語。前に出て問題を解くように先生から言われた弘瀬だったが、相手が誰であろうと変わらないのが、弘瀬登紀乃という人間。授業中にも関わらずタブレットしか開いていない弘瀬は、黒板の前に立つことなく、無視を決め込んだ。弘瀬相手に何をしても無駄だと悟っているのか、先生は次の生徒をすぐに指名した。

 多分他の生徒だったら許されない行為だが、何故か弘瀬には許してしまう雰囲気が漂っていた。

 やっぱり弘瀬は、

「……変人だよな」

 俺は誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。

――②へ続く

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

コメント

コメントする

目次