・空の空①
・空の空②
・空の空③
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芥川ソラネは芸能界で早くに大成したが、当然下積み時代も経験している。
ソラネが芸能界を目指そうと固く決心したのは、高校を卒業するにあたって進路を迫られた時だ。ソラネはこのまま普通に大学に進学しても何もないだろうと直感的に理解し、自分を満たされるような環境に身を置くことにした。
上京したソラネが一番初めに選んだのは、小規模な劇団だった。
この小さな劇団で有名になることで芸能界への足掛けにしようと考えていたのだ。
そのためにソラネは人との間に壁を設け、自分のために生きようと心掛けていた。
「ねぇねぇ、すっごく綺麗だね!」
しかし、そのソラネの決心も、ソラネと一緒のタイミングで入って来た人物によって崩されてしまった。
「私、胡桃沢ソラノって言うの。あなたは?」
これがソラネとソラノの出会いだった。
ソラネは確かに人との壁を設けていた。それは人と馴れ合って自分の目的が成せなくなることを懸念したためだ。
しかし、そんな壁もまるで空気のように、ソラノはずけずけと人の距離を縮めていく。ソラネは嫌々とながらも、ソラノとだけは言葉を交わしていく。すると、不思議なことに、ソラネは気付かないうちにソラノに対して心を開くようになっていた。
ソラノと関わる時間が増えると、嫌でもソラノの魅力が分かる。
けれど、それとソラネの演技に影響が及ぶかは、また別の話だ。
ソラネは最初の目的通り、自身の演技に没頭し、瞬く間に劇団の中で主要メンバーになりつつあった。
これならソラネが芸能界へと進むのも時間の問題なように思えた。
「やっぱソラネはすごいね。私も頑張らないと」
「……ソラノは頑張ってるよ。もっとソラノにあった役を演じることが出来れば、みんなソラノの魅力に気付くはず」
「君が芥川ソラネ?」
ソラネとソラノが稽古場で話しているところに、一人の男が話し掛けて来た。その男の目立ち鼻は整っていて、高身長、人の目を惹く金髪、それでいて独特なオーラも放っている。すでに芸能界にいても不思議ではない人物だった。
「あなたは?」
「俺は西条ウミ。ここの劇団員だ。……と言っても、本場の劇を学ぶためにアメリカに行ってたから、久し振りに顔出したんだけどさ」
道理でソラネもソラノも初めて見る顔なはずだった。
「で、そのアメリカ帰りの人が私に何の用?」
「ハハッ、警戒心丸出し。いいね、そういうの。日本には君みたいな人あまりいないから、すげーテンション上がる。まぁ、用っていうか挨拶に来ただけだよ」
「挨拶?」
「そう。これから俺とソラネでこの劇団を盛り返そうぜ、っていう挨拶。俺の夢は、世界に通じる役者になることなんだ。そのために、この劇団で活躍して、日本の芸能界にも進出して、ゆくゆくは世界に出るんだ」
ソラネとソラノにとって初対面の人間なのに、ウミは全く物怖じせずに夢を語った。ソラネも似たような想いでこの劇団にいるから、ウミの夢は理解出来た。隣でソラノは感嘆を受けたように頬を赤くさせている。
「演技の実力を持つソラネと俺が色んな舞台に出れば、ここも人気になること間違いなしだろ。ってことでヨロシクな。ソラネ、ソラノちゃん」
まさか認知されていると思っていなかったソラノは「え?」と小さく声を漏らした。そのソラノに向けて、ウミはウインクをするとその場を去っていった。
「世界、か。面白い奴もいるんだね」
「……」
上の空なソラノに、「ソラノ?」とソラネは名前を呼びかけた。
「え、ぁ、そ、そだね、頑張ろー!」
そう空回りしたようにソラノは返事を交わした。
このウミとの出会いによって、ソラネは更に演技を極めることになった。
大言壮語するだけあって、劇団に復帰したウミは多くの舞台で主役を掻っ攫った。ウミの隣に立つと、ほとんどの人がウミによって存在感を奪われてしまい、ただのウミの引き立て役になってしまった。
唯一、劇団に所属するメンバーの中でウミの隣に立ち、演技を出来るのがソラネだった。
ソラネは舞台に立つと、その演技力や容姿によって、多くの人の目を釘付けにした。
舞台を見に来る観客の多くの目的が、ソラネとウミになっていた。
自身の演技が認められていることを実感して、ソラネの心は満たされつつあった。ここで甘んじることなく、もっと多くの人から注目を集めるような演技をすることが出来れば、もっと満足できるとソラネは思った。
しかし、ソラネの思いとは裏腹に、
「やっぱソラネはいいな。お前が隣にいるなら、俺の夢は叶いそうだ。なぁ、今度一緒にメシでも行かないか?」
ウミは現状に満足し始めているのか、ソラネに対して無駄話を振ることが多くなって来た。
「そう評価してもらえると光栄だけど、私、公私を混合するつもりはないから」
ソラネはキッパリとウミの誘いを断わった。
いつどのようなタイミングでネットで炎上するか分からない昨今だ。ソラネは上京した時から、無責任な行動は取らないと決めていた。
なのに、ウミは危機管理が著しく乏しかった。稽古中にソラネと話をしている時も、アメリカでは自由に生活していたと言っていた。才能は確かにあるけれど、それ故に自分が快だと感じることを重んじる傾向がある。
プロになると決めたなら、プロになる前からプロとして行動するべきだ。
ソラネはウミのことをただの演者仲間としてしか見ていなかった。
だから、次に演じる舞台がラブストーリーで、役とはいえソラネがウミのことを恋人として好きにならなければいけなくなる時は本気で困惑した。
「ねぇ、ソラネ。私にチャンスをちょうだい。主役として舞台に立ってみたい」
そんな時、ソラノはソラネにお願いをした。
ソラノの願いに少しだけ違和感を抱いたが、ソラネは役を譲ることにした。
脇役を演じる機会を持てること。ウミと離れられること。ソラネが主演を演じる良い機会となること。
ソラノに役を譲ることには、ソラネにとって幾つものメリットがあった。それに、今回与えられた役は、ソラネよりもソラノの方が絶対に向いていた。
しかし、ウミはソラネが主役を譲ったことに対して不服だったが、ウミもプロはプロ。不服な思いを全て横において、良い劇を作るためにソラノと多くの時間を過ごした。
すると、ウミはあれだけソラネに言い寄っていたのに、いとも容易くソラノに心が移ろいだ。ソラネに対して執拗にアプローチしていたように、ウミはソラノにもアプローチをする。ソラノはソラネと違って拒むことはせず、そのままウミを受け入れた。
だからこそ、ウミとソラノが主役となる劇は、まるで本物の恋人のようだという評価を受けて終わった。
そして、あろうことか、そのままソラノとウミは二人そろって事務所を辞めた。
「……は?」
ソラノとウミがソラネの前から去るまでの流れがあまりにも早すぎて、ソラネは最初理解が出来なかった。
なんとか状況を落とし込んだソラネが、一連の騒動から得た教訓がある。
人は変わる、人は裏切る、人は満たされない。
人に心を許したら、自分が虚しい思いをするだけだ。
「こんなところで、私の人生は終わらせない……」
ソラネは小さな劇団を抜け、今の事務所に所属するようになった。すべてはソラネの夢を叶えるためだ。
――それからの栄枯盛衰は、あえて語る必要もない。
<――⑤へ続く>

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