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夜の浜辺は、昼とも夕方とも違う、どこか幻想的な雰囲気に包まれていた。
澄んだ空気、純粋さだけが残されたような綺麗な海、宝石を散りばめたかのようにキラキラとしている砂浜。
「あんなにもガヤガヤしていたのが嘘みたいだな」
誰もいないせいで、まるで私だけが世界に取り残されたかのようだ。
私は波打ち際まで行こうとして足を止めた。少し考えて、砂浜に座り込む。もし足が濡れてまたシャワーを浴びることになったら、梨乃を起こしてしまう。
「と言っても、梨乃はたいていのことじゃ起きないけど」
お互いの家に泊まる時、梨乃と比べて寝つきが悪い私は、一人の時間を過ごすことになる。その間たまに物音を立ててしまうこともあったけど、梨乃は安心しきったような表情を浮かべてずっと寝ていた。
だから、今も寝たままだろうし、私が帰ってシャワーを浴び直したとしても眠ったままだろう。
「いや、でも、今回のように梨乃のそばを離れて夜を過ごすのは初めてか」
だからといって、梨乃の睡眠事情は変わらない。
それよりも私がこの夜をどう過ごすかの方が大事だ。
座っていた私は全てを投げ出すように、背中から砂浜に倒れ込んだ。じゃりっという感覚が私の後頭部からふくらはぎの裏まで襲う。日中の日焼けのせいで敏感に感じた気がした。
両瞼を覆うように右腕を顔に当てる。暗闇が物理的に覆う。すると、案の定、梨乃のことばかり考えてしまう。
外に出てリフレッシュしようと思ったのに、やっていることは変わらなくなってしまった。
「……わたし」
梨乃と別れたら、私はどうやって生活をするのだろう。今まで梨乃がいることが当たり前だったから、想像することは出来ない。でもきっと、かけがえのないものを失くしたという喪失感を抱えながら日々を過ごすことになるは容易に想像出来る。
幼稚園からの幼馴染みである梨乃とは、事あるごとに一緒の時間を過ごしていた。中学校に入って互いに別の部活に入ってからは、部活に費やす時間が増えて、梨乃と過ごす時間が少し減った。けれど、部活がない時間は変わらず梨乃と遊んでいた。
しかし、去年くらいから梨乃と過ごす時間が極端に減った。梨乃が部活の時間以外も、バレーボールの練習やトレーニングに励むようになったからだ。梨乃と顔を合わせられる時間は、学校の時間を除けば、月一回くらいになってしまった。
今となっては、プロに行くために本気で打ち込んでいたと分かるけど、当時の私は急に梨乃と距離が出来た気がして、少しだけ寂しさを感じた。
だけど、これからはその寂しさの比じゃないほどの寂しさが私を襲うことになる。
今までは梨乃の姿を近くに見ることが出来ていたけれど、これからは梨乃の顔を見ることすら出来なくなるのだから。
「梨乃ならすぐに中継に映るようになるんだろうな」
その持ち前の高身長から叩き込まれるスパイクは、相対する者に反応することも許さないほど凄まじい威力だ。全国大会では相手が梨乃と同等の実力の持ち主だったため、決まったり止められたりと、見ている側も思わず手に汗を握るような良い攻防を繰り広げていた。
人の心を惹きつけるプレーに加え、実力も伴なっているのだから、梨乃ならプロの世界でやっていけるはずだ。モデルみたいなスタイルに加えて人懐っこい愛嬌もあるのだから、将来的には、もしかしたら別の道も開かれるかもしれない。
まさしくスターとなりうる存在だ。
しかし、その世界に私はいない。いや、いたとしても梨乃が歩む物語の脇役に過ぎないのだ。
今までずっと隣にいて、これからも隣にいてくれると思い込んでいたのに、それは私の妄想だったのだ。
梨乃が当たり前のように隣にいてくれるから、私は梨乃との距離感を間違えていた。
私と梨乃の間には、埋め尽くすことが困難なほどの大きな間がある。
それはきっとこの地上とあの空のような差が――、
「……キレイ」
諦念の思いから空を見上げたのに、その美しい景色に皮肉にも何一つ取り繕わないシンプルな言葉が、私の口から出た。
空に目を向けて初めて満天の星空が広がっていることに気付いた。この星空は絶対に都心では見ることが出来ない景色だ。
「どうして今になって気付いたんだろ」
夜になってもう何時間も経つのに。
しかし、その理由は分かっていた。
宿から砂浜に来るまでの間、自分の悩みに囚われたせいで下ばかりを見つめていて、視野を広げることが出来ていなかったのだ。
この大自然の前に、私の抱えているものはちっぽけだ。不思議とそう思えた。
今抱えている悩み事を全て置くように、私は両手両足を大の字に広げた。
満点の星空の下、一定のリズムで押し寄せる波音に耳を傾けていると、世界が優しく私を包み込んでいてくれるような気がして、心が安らいだ。
あの大きな宇宙には、様々な形の星がある。
大きい星、小さい星、強い輝きで自らの主張をする星、まるで誰にも見つからないことを望むかのように微かに光る星。捉え方を変えれば、月だって星の一部だ。
なのに、黒いキャンバスにおいてはすべての輝きが上手く調和を取られていて、一つの作品のようだ。
そこには不要な光なんてない気がした。
「私も梨乃もそうなのかな」
梨乃は星だ。誰よりも光を放って、存在を主張する。
しかし、私も星だ。梨乃に比べて光を放つことは出来ていないかもしれないけど、確かに存在している。
そのような思考に至ると、私の心は凪ぐようになった。
「やっぱりここにいた」
星に見惚れていた私の視界は、ぬっと人の顔によって覆い尽くされた。その人物の顔は、星空にも負けないくらいに光り輝いている。
「梨乃」
私は親友の名前を呼んだ。
<――④へ続く>

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