・空の空①
・空の空②
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芥川ソラネは世間の注目を集めていた芸能人だ。
細やかな肌にキリッとした目つき、小さな顔に対してバランスの取れた身長、人に好かれる愛嬌、演技力、挙げればキリがないほどの天賦の才をソラネは有していた。
しかし、類稀な才能を活かすことなく、ソラネは炎上して自分を売る方法に走った。
炎上の故に、ソラネは世間から莫大な注目を集めた。しかし、炎上商法で人気が出るのは一時だけだ。人々の関心がなくなれば、また元の状態に戻っていく。いや、元の状態よりも更にひどく、誰も見向きもしないような存在へと成り果ててしまった。
星の数ほど多い芸能人の中で、輝きを放たない芸能人はすぐに埋もれてしまうのだ。
「……ねぇ、何か仕事ないの?」
あれほど騒がしかったのが嘘のように閑散とした事務所の中で、ソラネはマネージャーに問いかけた。マネージャーはソラネに一瞥だけ送ると、ソラネの代わりに最近売れるようになった与田アカリの方に歩み寄っていった。
炎上商法に手を出した時、マネージャーはソラネのことを助けようと手を伸ばした。しかし、ソラネはその手を阻んで、自分のやりたいようにやった。
その結果が、今のように落ちぶれてしまったのだから、マネージャーとしてもどうしようもないのが現実だ。
そもそも今の芥川ソラネが陥っている状況は、一事務所が対応出来る許容量を超えているのが本音だ。
「ねぇ、私に仕事してほしくない?」
事務所に頼れないと分かったソラネは、かつて自分の身を売ったプロデューサーや社長に片っ端から声を掛けた。
しかし、炎上して信用まで燃やしてしまったソラネを使おうとするお人好しがいるはずがない。
「勘違いした芸能人かぶれは痛いな」
自身を売ろうとする度、そう揶揄されるような声を耳にすることも多くなった。
こうしてソラネは過去の人として扱われるように、芸能界での居場所を失くした。否、芸能界だけではない。町を歩く度、人から指をさされてコソコソされることも多くなったし、まるで過去の栄光なんてなかったかのように見向きもされないことも多々あった。
それは芥川ソラネにとって屈辱的な仕打ちだった。
多くの人に認知され、永遠に名を残すような人間になるために、炎上商法という手を取った。その一方で、ソラネは多くの人に会い、媚を売って、自分を番組に取り上げてもらうように交渉した。
その結果が――、
「これか」
平日の昼下がりの土手で、ソラネは一人寂しく体育座りをしながら呟いた。
ソラネは自分自身を信じていた。いや、信じたかった。
それに今まで多くの人の肯定する声を聞いて来た。ならば、どんな芥川ソラネだろうと、受け入れて貰えるだろうと心の中で思い込んでいた。
そして、その果てに誰もが認めるような芸能人になって、空虚がなくなると思っていた。
「どうしようもないほど私の心はズタボロね」
対岸を遠く見据えながら、ソラネは小さく呟いた。
当然のことながら、ソラネの考えた通りには人生は進まない。
芸能人として大成しても空虚、落ちぶれたら落ちぶれたでもっと空虚。
人生とはどのようにしたら満たされるのだろう。
「……分からない」
ソラネは答えのない問いにぶつかった。
空に浮かぶ雲は、掴めそうで掴めない。仮に掴めたとしても、空気と同化してするりと手から抜け落ちていくものだ。
だから、この世の中は結局――、
「ソラネ?」
人気を失くした今の芥川ソラネに、わざわざ話を掛けに来る人がいるとは。
ソラネは河川敷の向こう側に注いでいた視線を、声が聞こえた方へと向けた。
ソラネに声を掛けたのは、子供を抱えた女性だった。いかにも幸せを絵に描いたような女性だ。
その女性の顔を見て、
「――胡桃沢、ソラノ……」
彼女の名前を口にした。
胡桃沢ソラノという女性は、下積み時代のソラネと一緒に芸能活動を行なった経験もある、いわばソラネの知り合いだ。互いに辛酸をなめながら、自己研鑽に励んだ仲でもある。
けれど、ソラネにとって、会わなくてもいいのなら会いたくのない部類の人間だった。
「あはは、なんでフルネームなの。久し振り、元気にしてた?」
しかし、ソラノはそうは思っていないらしく、まるで昨日も会っていた旧友かのように声を掛けて来た。
「うん、まぁ私は見ての通り。それよりも、ソラノ、その子は?」
「私の子供。リクって名前なんだ。リク、ソラネお姉ちゃんだよ」
ソラノは胸に抱くリクをあやすように言った。まだ人の顔も判断出来ない年齢であるからこそ、リクは無邪気な笑顔をソラネに向けた。
「その子、もしかして……」
ソラネの言葉を先に察して、ソラノは首を縦に振った。
「うん、ウミくんとの子供なんだ」
こういうところだ。
ソラノは純粋そうな顔をして、人が触れたくもない記憶にずけずけと土足で侵入してくる。
そして、『ウミ』という名前によって、ソラネは思い出したくもない記憶を強制的に引きずり出されるハメになった。
――それはまだ芥川ソラネが多くの人から周知される前の、下積み時代のこと。一番がむしゃらで、一番無邪気で、一番満たされていた時代のことだ。
<――④へ続く>

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