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[小説]Escape from①

 ***

 樹海というのは、この世にありながらも、どこかこの世離れしている場所だ。

 視界は樹木に覆われて方向感覚を狂わせ、日が差し込みにくいことから時間感覚も狂わせる。体力も気力も消耗されていくのに、食も睡眠もまともに取ることが出来ない環境は、自分が人間としての尊厳を奪われるような気にもなる。
 ここは一度入った者の脱出を拒む場所で、長く留まり続ければ間違いなく命を落とすだろう。

 だからこそ、樹海は不死の森と表現されるのだ。

「甘く見てたな……」

 僕は身を持って実感してしまった。

 今の僕がいる場所は、まさしく樹海だ。ここに辿り着くようになったのは、趣味のハイキングをしていたことがキッカケだ。もう何度も何度も山に登ったことのある僕は、普通の道を歩くことに対して、楽しさを感じなくなっていた。だから、ちょっとした好奇心で脇道に逸れて、山の奥の方に進んだ。

 ここから樹海へは目と鼻の先だ、という話も小耳に挟んだことがあったけど、僕には関係のない話だと思っていた。幸か不幸か、初めの段階ではスマホの電波も通じていた。だから、ちゃんと道を憶えていれば帰れるという、謎の自信があった。
 初めて奥深くに足を踏み込む山は、楽しかった。
 空気は澄んでいるし、人の手が掛かっていない大自然は僕の心をギュッと掴んだ。奥に行けば行くほど新しいものに出会えるのではないか、という期待が僕の胸を占めていた。

 そして、良識を忘れて目の前のことだけに没頭して突き進んだ結果、僕は一人樹海に迷うようになってしまったのだ。

「我ながら馬鹿だな」

 ここが危険だと気付いた時には、もう手遅れだった。

 山奥過ぎてスマホに頼ることは叶わず、視界は樹木ばかりで、現在地を図る術もなくなっていた。
 東も西も北も南も分からなくなってしまった今、僕は完全に迷子になってしまったのだ。

「さすがにヤバいな」

 僕のリュックの中は、ちょっとした食料と水、あとはスマホにタオル、防虫スプレーと、何の役に立たないゴミや小物があるくらいだ。

 一日や二日は持つかもしれないが、それ以上は間違いなく死を待つだけだ。

「はぁ」

 溜め息を吐きながら、ただの飾りとなったスマホを見つめる。

 ここに救いはない。

 いつも事あるごとに触っているスマホも、肝心な時には役に立たない。退屈を解消してくれる代価として、ただ時間を奪う劇物だということを実感させられる。

 なのに、

「……ちゃ、着信?」

 静寂を切り裂くように、スマホから音が鳴った。光ったスマホの画面を見ると、非通知着信と書かれている。

 出るか出ないか――、

「もしもし?」

 という迷いはなかった。藁にも縋る思いで、僕は電話を出た。

 この電話先の人物が何者であろうとも、今の僕に取れるアクションはこれしかない。

「もしもし。今の君は何をしている?」

 電話口の相手は、僕の状況とは対極に穏やかで余裕をもった声をしていた。今まで一度も聞いたことのない声だった。

「樹海に迷い込んでしまったんです! 助けてください!」

 切迫した声を、電話口の相手にぶつける。しかし、彼は何も言葉を返さなかった。樹海の不気味な音だけが、耳に響く。

「樹海、か。残念ながら、私の体はその場にはなくてね。君を助けることは出来ない」

 期待はしていなかった。けれど、きっぱりと正論で言い撥ねられてしまえば、落胆を感じざるを得なかった。

 身勝手ながら、少しばかりこちらに歩み寄る姿勢を出してくれてもいいではないか。

 そう思った時、「……けれど」と、電話口から言葉が紡ぎ出され始めた。

「助かる可能性を上げられるような策を教えることは出来る」
「本当に?」

 僕は食い気味に訊ねた。この樹海で助かる術があるのなら、僕は喜んで行なおう。

 電話口で息を吸う音が聞こえた。そして、

「君が背負っている物を少しずつ捨てるんだ」

<――②へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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