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僕はずっと外の世界に憧れを抱いていた。
同じ部屋、しかもそれが病室ともあれば、息苦しさを憶えて抜け出したくなるのは当然だ。けれど、僕の体の免疫機能は不完全で、外に出てしまえばたちまちウイルスを体の中に取り入れてしまう。
その結果、命を落としてしまうようになる。
そう医者や家族に聞かされて、生まれてこの方ずっとこの小さな部屋で生きて来た。
その期間は、
「……二十一年、も」
生まれた子供が成人になるよりも多くの時間を、僕は病室で一人きりで過ごしていた。
二十一年あれば、人も世界も大きく変化する。生まれたばかりの子供は成人になり、世界だって大きな技術が生まれる。
実際、世界が生み出した技術の恩恵を僕も受けていて、スマホでネットを徘徊する日々が増えていた。
しかし、僕によって生み出されたものは、何もない。
「……僕は」
僕は生きている。
それはあまりにもありがたいことだ。この部屋にずっといなかったら、僕はここまで生き長らえたかは分からない。
けれど、何もせずにいる僕は、本当に生きていると言えるのだろうか。
何も行なわない人は、死んだ人と同義だ。
「……っ!」
僕は部屋の扉を自ら開けて飛び出した。
行きたいところも行くべき場所もない。ただ衝動に任せて走っていく。
「……なんで」
せっかく生を与えられたなら、何かをしたいと思うのが人間の性だ。あの夫婦に子供が生まれているのを見てから、暫くの間ずっと部屋の中で考えていた。
なのに、二十一年もの間を、僕はどれだけ無駄にしてしまったのだろう。
今までの時間を取り戻すように、衝動のまま僕は走っていた。こんなことをしても取り戻せることはないと頭で分かってはいる。それでも足は止まらない。
病院の出入り口まで着くと、自動ドアが開いた。
この先まで進んだら、僕は死んでしまうかもしれない。
一瞬そんな考えが浮かんだけど、それでもよかった。ただ部屋の中で何もせずにいるのは、死んでいることと変わらない。
そのまま自動ドアを越えると、雨が冷たく僕の体を穿った。強制的に体が濡らされるという感覚を初めて感じた。
そもそも外の空気がこんなにも冷たいものだとは知らなかった。
「はぁっ、はぁ……」
少し外に出て走っただけで、僕はこんなにも息が乱される。今まで病室に閉じ籠って運動をしなかった代償に加えて、生来の病魔が僕に襲い掛かっているのだろう。
やがて体を動かすことが億劫になって、公園の真ん中で立ち尽くした。
きっともし僕のことを窓から見下ろしている人がいたら、怪しい人間だと思われるだろう。けれど、そんなことはどうでもよかった。
今はただ自分の無力さが呪わしかった。「……僕、は」、震える拳を抑えるようにギュッと握り締める。
「僕は――っ!」
声にならない叫びが喉から出ると同時、そのまま膝から崩れ落ちて、ぬかるんだ地面に這いつくばるようになった。
今までに感じたことのない悪寒が、僕を襲っている。
「なるほどなぁ……」
今まで守られた環境にいたから、実際に僕の病気がどう進行するのか具体的に分かっていなかった。本当に病気なんて僕の体に宿っているのだろうか、と思うことも多々あった。
しかし、自分の体が病弱であるということを文字通り痛感してしまった。
どれほどこうしていただろう。
動かなければいけないことを分かりながらも体には力が入らず、ずっと眺めていた公園と一体化してしまうのではないかと思うほど、雨に打たれ続けていた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられて目線だけ上げる。
僕に声を掛けて来たのは、いかにも人生を充実させているようなキラキラと輝く青年だった。その人は自分が雨に濡れるのも厭わずに、すでにずぶ濡れの僕に傘を差し出してくれる。
「……へーき」
一単語を口にするだけで僕の声はこんなにも掠れている。
それほど僕は人と話すことに慣れていない。
けれど、こうして冷たく言えば、この人もすぐこの場を去ってくれるだろう。
惨めで生きる価値もないような僕のことは、放っておいてほしい。
「大丈夫には思えません。すぐそこに病院があるから行きましょう」
しかし、その人はしゃがんで、僕の肩を掴もうとした。
「ぼくがどうなろうと、かんけいないでしょ」
今にも消え入りそうなほど掠れて震えた声で言った。青年は無視しして僕を背負った。当然そんな状況で傘は差せない。びしょ濡れになった大の男を背負って、雨に打たれながら青年は病院まで歩き始める。
なんでこの人はここまでしてくれるのだろう。
見ず知らずの僕、しかもこの先の未来に希望なんてない僕に……。
「自分のクセみたいなもんなんですよ」
「……クセ?」
僕の頭の中を読み取ったかのように呟かれた言葉に、僕はそのまま言葉を返す。
「誰かの助けになれることが、自分の喜びなんですよ。そう思えるようになったキッカケも、それこそここなんです」
僕は無言でいることで続きを促した。
「小学生くらいの頃、この公園で転んだことがあったんです。一人で立ち上がれない時、見ず知らずのおじさんが自分のことを助けてくれました。それから自分も誰かを立ち上がらせるような人になりたい、って決意したんです」
「……あ」
彼の言葉を聞いて、僕は昔窓から見下ろしていた場面を思い出した。
そのシーンとは、当時の僕と同年代の子供が転んだ時のシーンだ。子供は立ち上がれずに泣き出していたのだけど、周りの大人は誰も助けることをしなかった。その時、一人の大人がすっとその子供に近付いて、そうすることが当たり前のように助けた。
十四年以上も前の出来事なのに、こんなにも記憶が鮮明に残っているのは、きっと僕の中で印象的な出来事だからだ。
ずっと窓から公園を見ていて、僕と同い年の子が再び立ち上がる姿を見る姿に、僕は力を貰ったのだ。
「そっか、きみはあの子なんだ」
元々か細い声に加え、雨の音によって、僕の声は彼に届かなかった。「なんか言ったかい?」と彼が問いかけてくれる。
「きみは、そのおじさんのようになってるよ」
「ははっ、ありがとう」
彼に背負われながら、僕は病院に向かう。
僕の病気がいつ治るかは分からない。それでも、また前を向いて、今度は投げ出すことなく生きていこうと思った。
僕も、どんな状況でもまた立ち上がれる人になりたい。
<――終わり>

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