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[小説]月と鼈①

 ***

 この地球という世界は、ひとつしかない。

 けれど、だからといって世界がひとつしかないと言えばまた別の話だ。この地球に住む人の数だけ、世界というものは存在している。

 私の世界は私の見てるもので構築されているし、芸能人が住む世界はきっと未来永劫理解することは出来ないだろう。
 そう考えると、この青空の下で繋がっているのは奇跡みたいなものかもしれない。

「――我ながら詩人みたいな思考してるわ」

 気だるげな空気が漂う朝の教室で、窓の外を見ながら私はふっと息を漏らした。

 私の通う女子高ひとつを取っても同じことが言えるだろう。授業開始二十五分前の三年二組では、朝早くから自習をしている人や友達に会って話をしている人、家で寝れば良いのにわざわざ教室で寝る人までいる。

 みんな同じ制服を着て同じ教室に通っているけれど、それぞれに考えていることがあって、それぞれに事情がある。
 状況を冷静に見れば、色々なものが見えて来る。

「来萌、おはよう」
「おー、おはよ」

 教室に入って来るや真っ先に私の席の前まで来た麻実と挨拶を交わす。

「また朝早く来て人間観察してたの? ほんと好きねー」
「別に好きでやってるんじゃないって。私の立場知ってる?」
「クラス委員長のおかげで、今日も楽しく学校生活を過ごせてます」

 冗談っぽく頭を下げる麻実に、「分かってればよろしい」と私はわざとらしく胸を反らす。

 この女子高に通ってから、私はずっとクラス委員長を務めている。クラス委員長をやることになったのも内申点を楽して得ることが出来るからで、必要最低限以外のことはしなかった。そもそもクラスメイトに恵まれたおかげで、ずっと仲が良く協力的なクラスだったから、私が何かをすることはなかった。何の個性も特徴もない私でもクラス委員長を続けられているのは、間違いなくこのクラスメイトに囲まれているからだ。

 にも関わず、こんな風に観察して穿った見方をする習慣が出来てしまったのは、

「おはようございます」

 彼女――円谷瑠々奈と出逢ったことが原因だ。

 授業開始十分前、慎ましくお淑やかに教室へとやって来た瑠々奈に、クラスメイトの視線は集まる。
 完璧な微笑を携えた瑠々奈は、教室にいる一人ひとりにわざわざ足を運んで、しっかりと挨拶をする。クラスメイトはみな「おはよー」と返事をする。

 瑠々奈は六月半ばという中途半端な時期にこの学校に転入して来た。一番初めに黒板の前に立って挨拶をした彼女は、あまりにも異質な空気を纏っていて、目にした瞬間に住んでいる世界が違うと悟った。そして、瑠々奈と同じ教室で過ごしていく内に、その事実をハッキリと痛感させられた。

「おはようございます、来萌さん、麻実さん」
「瑠々奈、おはよ」
「おはよう」

 私の隣が自分の席である瑠々奈は、私とその近くにいた麻実に挨拶をしてそのまま席に座った。瑠々奈は丁寧な所作で鞄から筆記用具と一時間目で使用する教科書を机に出すと、まだ始業五分前にも関わらず、背筋をピッと伸ばして真っ直ぐに教卓を見据え始める。

 ――これが瑠々奈のモーニングルーティン。

 六月に転入してから一か月近くが経過するが、瑠々奈は初日以外ずっとこのような振る舞いで登校している。

「さて、と。私もそろそろ自分の席に戻ろうかな。ねぇ、来萌、一時間目ってなんだっけ」
「あんたね、何で忘れるのよ。一時間目は――」
「現代文ですよ」

 私と麻実の会話に割り込んで、現代文の教科書を手にした瑠々奈が答える。私はどう反応するべきか、咄嗟に答えが出てこなかった。

 その点、麻実は、

「そっかそっか。ありがと、瑠々奈さん」

 すんなりとお礼を告げると、自分の席へと戻っていった。

 瑠々奈は満足気に教科書を机に置くと、視線を上げ、また教卓へ顔を向けた。

 円谷瑠々奈を一言で表現するなら、『お嬢様』。

 私たちが通う一般の女子高とは違い、瑠々奈は本物のお嬢様しか通えない女子高からやって来た。

――②へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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