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[小説]翼を羽織って②

翼を羽織って①

 ***

 私が暮らす町は、駅前はやや栄えているけれど、ちょっと駅から外れてしまえば一気に人の気配がなくなるような小さな町だ。

 一学年の平均人数が十五人にも満たない私の学校は、クラスも一クラスしかないのが当然で、小学校から九年もの間ほとんどの同級生の顔ぶれが変わらなかった。そんな遊び盛りの私たちの娯楽といえば、駅前の複合施設がメインで、他の娯楽は必然的に自然の中になってしまう。
 思春期の子供にとっては、なんと退屈に感じてしまう町だろう。
 だからこそ、私たちは毎日一緒の時間を過ごした。遊ぶことはもちろん、テスト勉強をする時も、登下校の時間も一緒だった。他の平均値は分からないけど、それでも私たちのクラスは他のクラスよりも仲が良い自信があった。

 中学校を卒業した後の地元での一般的な進路は、近場の高校に進学することだ。たまに卒業と同時に就職をする人もいるらしいけど、私のクラスには当てはまらない。私を除く十二人中十二人が地元の高校に進むと聞いた時、私もそうであると信じて疑わなかった。私たちが離れ離れになってしまうのは、少なくとも高校を卒業してからだと思っていた。

 なのに、両親から告げられたのは、東京に引っ越すということだった。

 私がこのことを知ったのは、今から一か月前。
 お父さんの頑張りが仕事で評価されたことは、素直に喜ぶべきことだ。しかし、それでも私は心の整理をつけられないまま、東京の高校に入学するための準備を始めた。

 そして、卒業式の日が近付くにつれ、私の心は重くなっていった。

 中学校を卒業しなければいけないこと、誰も知り合いのいない東京で高校生活を過ごさなければならないこと、考えれば不安になることが、だんだんと現実を帯びて私に迫って来たのだ。
 しかし、何よりも 私の心を重くしているのは、まだこの事実を誰にも告げることが出来ていないということだった。

 最近は毎日のように友達と遊んでいるのだから、言うタイミングがないというわけではない。言わなければいけないということは分かっているのに、みんなの楽しい想い出を邪魔したくなくて言えないでいた。

 だけど、もう――、

「いよいよ明日が卒業式だ。明日の動きをもう一度確認するぞ」

 もうそんなことを言っていられるほどタイムリミットは迫っていた。

 担任の中嶋先生が卒業式の一連の動きを説明すると、「なかじ、俺たちが卒業するからって泣くなよ」と男子から野次が飛ぶ。「俺よりも、お前らの方が心配だよ」と中嶋先生は軽く言葉を返した。

 私は卒業式でどうなってしまうのだろうか。体育館の中でパイプ椅子に座っているところを思い浮かべるだけで、涙腺が緩んだ。 

 中学校での想い出は、本当に楽しかった想い出しかない。

 ふと中嶋先生と目が合った。その目は、「もう伝えたのか?」と私に訴えかけているようだった。私は小さく首を横に振った。中嶋先生は一瞬肩を落とす。

「これでホームルームは終わりだ。明日に向けて今日はちゃんと休むんだぞ」

 中嶋先生が教室から出ると、みんなワイワイと話し始めて、教室の中が賑やかになった。
 こうして皆と一緒の時間を過ごせるのも最後だと思うと、胸が締め付けられた。

「ねぇ、千早。今日も遊びにいかない?」

 朋枝が私の席の前に来て言った。今日の私の予定は、一人でこの町を歩いて、想い出を振り返りたいと思っていた。

「あ、ごめん。今日はその、ちょっと用事があって」
「そっか。そしたら、また明日ね」

 そう言うと、朋枝は別の友達のところに行ってしまった。まるで明日以降もずっと会えると疑っていないような振る舞いだ。

「……当然なんだけどね」

 私は鞄を肩に掛けると、ずっといられるくらいに大好きな教室を後にした。

 校舎を出た私は、ひとまず駅の方に向かって歩いた。学校から駅までの道のりは、だいたい三十分くらい。三十分も時間を掛けることに対して不満を言いながら歩いたけど、その分たくさん話すことが出来た。楽しいことも悩んでいることも共に分かち合って、皆のことが大好きになった。

 想い出を振り返りながら歩いていると、いつの間にか駅前まで出ていた。駅前はこの町唯一の娯楽施設が集まっていて、遊ぶ場所と言えば、だいたい駅前だった。
 今思えば、一人で駅前に出たことがなかったことに気付く。そして、もう少ししたら、私たち家族はここの駅から東京に向かう。

 考えると寂しくなったから、私は早々に駅前を離れることにした。次に向かったのは、川沿いだ。私は土手に腰かけた。三月なのにまだ少し冷たい風が、私の体を撫ぜる。この感覚が心地よくて、私は目を閉じて感覚に浸る。

 川の流れる音、風が草木を揺らす音、虫が鳴く音、ここに住む人はみんなこの場所が好きで、土手にはいつも多くの人がいた。私もクラスメイト達と一緒に、よくここに座りながら話をした。たまに一人静かに何かを考えたい時も、ここに来ればゆっくりと考えることが出来た。

「私、やっぱこの町が好きなんだ」

 最後の最後でこの町を一人で巡りながら、強く思った。

 たくさんの想い出が詰まった地元に対して、私は想像以上に愛着を抱いていた。生まれてからずっとここで過ごしたのだから、そう思って当然だ。

 都心で暮らしたことがないから分からないけど、こんなにも自然豊かな場所はないだろう。いや、仮に似た場所があったとしても、そこに安堵感を抱くことは出来ない。だって、そこは私が生まれた町ではないからだ。

 私は太ももに顔を埋めると、自然と涙が溢れていた。

 明日の卒業式で、この制服を着ながらこの町で過ごせるのも本当に最後になる。 

 私は誰も知らない町に行って、みんなと違う高校の制服を着なければならない。私が通う高校は、都内では人気らしく、制服もかわいいことで有名だ。実際かわいいと思う。

 でも、大事なのはそこじゃない。私が大事に思うのは、

「みんなと一緒にいたいよ……」

 人生というものは、出会いと別れを繰り返すものだ。頭では分かっている。分かっていても、心がその事実を阻んでいる。

 大人になることが受け入れられる心を持つことだとすれば、私が大人になるのは一体いつになるのだろう。

 どれだけ泣いても、私はみんなと別れることに慣れる自信がなかった。

「千早?」

 名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げる。

「……じゅん、太」

 私に声を掛けたのは、同じクラスの純太だった。

 物心ついてからずっと純太とも一緒だから、彼の性格は把握している。ここで泣き顔を見られるのはマズイと本能的に直感した。でも、急に涙が渇くはずもない。

「なんで泣いてんの?」

 やはり予想通りに純太は真っ直ぐに質問をぶつけて来た。

 純太はリーダーシップを取って前に立つような性格ではないが、昔から困っている人を放っておけない性格だ。恐らくこの町に暮らす子供は、大なり小なり、みんな何かしらで純太の助けを借りていると思う。私自身、宿題を忘れたという小さなことから、付きっきりで鉄棒を教えてもらったりと、彼に何度も助けてもらった経験がある。純太の両親が教師をやっているのも、彼の行動に大きな影響を与えているだろう。
 質問をぶつけた純太は、私と同じ視線まで座ってくれる。

 そのさり気ない優しさを前に、

「……卒業が寂しくて」

 私は嘘を吐くことが出来なかった。

 私の事情を知らない純太は、「ははっ」と息を漏らした。

「千早、大袈裟すぎだろ。中学を卒業したからってこの日常が急に終わるわけじゃないんだ。高校に行ってからも、皆ずっと一緒だよ」

 純太の反応は当然だ。
 小さな田舎なのだから、卒業後の進路はほとんど皆同じだ。高校に通うようになっても、教室を開けば友達がいて、他愛のない話をしながら一緒に勉強をしていく。

 けれど、そこに私はいない。

 ちょっと先の未来を想像したら、あまりにもリアルで、私の瞳には更に涙が浮かんだ。更に顔を膝に埋めながら、「ううん、違うの」と小さな声で応じた。そう言った瞬間、純太が放つ空気が変わった。

「違うって、まさか」
「私、上京するの」

 誰にも言えなかった言葉を、ようやく私は言うことが出来た。

「おい待て。それ知ってるのは誰がいる?」

 私は顔を上げないまま首を横に振った。「……バカやろ」と純太の小さく噛み締めるような声が聞こえたと同時、布が擦れるような音が聞こえた。

 その音に私はハッと顔を上げて、

「お願い、やめて!」

 純太の手首を掴んで、その先の動きを制した。純太の手には、やはりスマホが握られている。

「みんなの邪魔したくないの! みんな笑顔で卒業してほしいの!」

 私は涙ながらに自分の想いを純太に打ち明けた。
 上京することを伝えたことでみんなの顔が曇っていく、そんなのは想像するだけ嫌だった。

「じゃあ、なんで俺に言ったんだよ!」

 息が止まった。

「みんなに笑顔で卒業してほしい、って言うなら、最後の最後まで隠し通せよ! 本当はみんなに言いたかったんだろ! けど言ったら、自分が辛くなるからずっと隠そうとした。そうじゃないのか、千早」
「私、は……」

 純太の言葉はあまりにも正論で、私は何も言うことが出来なかった。あれだけ流していた涙も止まってしまっている。
 純太は私の手に掴まれていない方の手で、私の指を優しく解く。

「お前の意図を組んで、みんなが卒業式を笑って迎えられるようにはする。けど、自分が残された十二人に対して、どんな仕打ちをしようとしているのか、よく考えろよ。……俺は、哀しかった」

 純太はそう言うと、私の前から去っていった。

 一人残された私は、純太が最後に言い残した言葉が頭の中に金槌を打たれたようにガンガンと響いていた。

「……そうだ」

 私は自分の気持ちを最優先にしていて、残されていた人の方の気持ちを理解しようとしていなかった。
 もちろん卒業式が最後に会える日だと思ったら、みんな寂しがって涙を流すだろう。しかし、何も言わずに卒業式を迎え、高校の入学式の時に私がいなかったら……。私が逆の立場だったら、そんなに信用されていなかったのかと思ってしまう。

 なんて私は馬鹿だったのだろう。純太に言われたことで、私は自分の過ちに今更気付く。

「でも、今からどうすればいいの……」

 卒業式は明日。
 もう全てが手遅れなのだ。

<――③へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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