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「卒業おめでとう」
体育館に並べられたパイプ椅子に座りながら、続々と卒業式が進行していく。
三年間過ごしたこの体育館には、数え切れない想い出が詰まっている。入学式、合唱祭、バレー、バスケ、鬼ごっこ、掃除――、ここで卒業式が進行すればするほど、みんなと笑った想い出がまるで昨日のように鮮明に思い出されていく。
もう二度と手にすることが出来ない時間だと思うと、胸がきゅんと締め付けられるような気持ちだ。
「卒業証書、授与」
講壇に立つ校長先生が、一人ひとりの名前を呼ぶと、みんなキリっとした立ち振る舞いで受け取りに行く。物心ついた時から知っている仲だからこそ、みんなの成長ぶりが感じられる。しかし、その一方で足の指にまで真剣さが漂っていると言えば、それはまた違う話だ。
みんなを見ていると、やっぱりこの卒業式はただの通過儀礼に過ぎないのだということが伝わって来る。
今生の別れのように感じながら卒業式に臨んでいるのは、たぶん私くらいだ。
純太と別れた後、結局私は誰にも引っ越すことを言えなかった。夕暮れ時の川原にいたせいか、帰った時には体が底冷えしてしまっていて、暖房の温度をたくさん上げても震えが止まらなかった。起きた時もなかなか布団から出られず、最後の制服を着るまでだいぶ時間を要したほどだ。
皆とこうして一緒の空間にいられるのも、もう終わりが近付いている。
体がブルッと震えた。足元がやけに冷たく感じるのは、体育館の中が寒いからでも、スカートを履いているからでもない。
「――千早」
「は、はい!」
教頭先生から名前を呼ばれて現実に戻った私は、声を裏返らせながら返事をしてしまった。勢いよく立った私に、クラスメイト達はクスクスと笑う。隣に座っていた朋枝は、私に肘をつついて来る始末だ。
私は恥ずかしさを隠すように、急いで校長先生がいるステージへと向かった。
校長先生の前に立つと、私のことを力強い目で見つめて来てくれた。その目は、中学三年間の努力を知っていて、これから先の未来も大丈夫だと暗に伝えてくれているようだった。私は礼をした。校長先生が卒業証書を差し出してくれたので、私は一歩前に進み出る。
「卒業おめでとう」
卒業証書を受け取る瞬間、校長先生がそう口にした。私は頭を下げて、一歩下がる。
そして、卒業証書を脇に抱えてステージから下りようとした時、みんなの顔が見えてしまった。
込み上げて来る想いを何とか抑えて、私は歩く。
そして、席に座った瞬間、私は声を上げずに涙を流してしまった。
この卒業式が終わったら、十五年間生まれ育ったこの町を旅立たなければならない。行き着く先で、私は一人きりだ。共に歩める友達は、誰もいない。
手にしている卒業証書が更に実感を与えて来る。
――そこから先の卒業式は、憶えていない。
気付けば、まだ満開になっていない桜の木の下で、みんなと集合写真を撮っていた。
この撮影が終わったら、あとは自由解散する流れになっている。
写真のようにこの時間を永遠に繋ぎ止めてくれればいいのに。
「改めて、みんな卒業おめでとう。これからこの学校を巣立っていくわけだけど、あまり羽目外しすぎるなよ」
しかし、現実はそう甘くいかない。
中嶋先生はあっさりと言うと、校舎の方へと戻っていった。残された卒業生十三人は、各々話して、帰る素振りを見せない。
周りの友達はみんな高校に通った時の未来の話をして楽しんでいる。その話に混ざることが出来ない私は、卒業証書の入った筒を持ちながら校舎を見つめた。
一週間後には、私はこの町を去る。そうしたら、もうこの校舎も、町の景色も見ることが出来ないし、みんなとも会うことが出来なくなる。
このまま解散して、私は。
「……私、は」
このまま終わってしまうのは嫌だった。
「ねぇ、みんな――」
「なぁ、みんな!」
私が声を出したのと、純太が声を張り上げたのは、ほとんど同じだった。
「昨日話したこと、そろそろ準備しようか!」
そう言うと、みんな「はーい」と声を揃えて言った。これから純太とみんながやろうとしていることに全く心当たりがない私は、理解が出来なかった。
純太と目が合うと意味深く笑みを浮かべ、「千早は家に帰っていいよ」と言った。付き合いが長いから分かる。あの顔は何かを企んでいる表情だ。
そして、そのままみんなは校舎の中に入っていった。
別れの寂しさとか、そんな感傷に浸る余裕もなくなった私は、純太の言う通りに一度家に帰ることにした。
<――④へ続く>

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