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まさか中学を卒業する日に、一日に二回も体育館へ足を運ぶことになるとは思わなかった。しかも、二回目は卒業する中学校の体育館ではなく、通う予定もない高校の体育館だった。
これだけでも奇妙な体験だというのに、高校の体育館の中には私を含めクラスメイト達みんなが高校の制服を着ているから、更に不思議な空間へと転じている。
そんな空間で、一番後に体育館に入って来た私に、開口一番の言葉は、
「えっと、卒業おめでとう、ってどういうこと……?」
みんなが言った言葉の意味を噛み締める。
この言葉とここまでの一連の流れ、そして私の状況から導き出せる答えは、一つ。
「……純太」
「悪い、約束破って。でも、俺には黙っていることなんて出来なかった」
この町から引っ越すことを昨日純太に言った時、私は口止めをした。しかし、純太はあの後、みんなに連絡をしたのだ。そして、純太のお父さんに頼み、高校の一部を使えるようにお願いした。
その結果、私に内緒したまま、このような集まりが行なわれるようになった。
人の気持ちを慮る純太らしい気遣いだった。
「ううん、私こそゴメンね。でも、なにこれ?」
サプライズを仕掛けてくれたのは分かるけれど、まだ私は純太たちの意図を汲み取ることが出来ていない。
なんでみんな高校の制服を着て、高校の体育館に集まることにしたんだろう。
「三年後にこの十三人で高校を卒業することは出来ない。だから、形だけでもみんなで高校を卒業したっていう想い出を作れればいいなって思ったんだよ」
「……あ」
ようやく腑に落ちた。みんなで高校を卒業するという、叶わなくなった私の夢を、純太たちは違う形で叶えてくれたのだ。
どれだけ友達に恵まれているのか、今更ながらに思い知る。
「それに、千早はこの町から卒業しちゃうんでしょ」
「……朋枝」
朋枝は今にも泣きそうな顔をしながら私を見つめていた。
「みんな、昨日純太から聞いたよ。ねぇ、なんで私たちに言ってくれないの。もし純太から知らされずに、急に千早がいなくなったら寂しいに決まってるじゃん。なのに、なんで」
昨日純太にも言われた言葉が、改めて朋枝の口からも言われてしまうと、自分の過ちを痛感させられる。
何も知らずに新学期を迎えて、そこに私がいなかったら、みんなの心は傷つく。傷を与えてしまうのが避けられないのなら、ちゃんと伝えたほうがまだ傷は浅いというものだ。
周りにも顔を向けると、みんな朋枝の言葉に同意しているようで大きく頷いていた。
「ごめん。私、みんなと別れるのが嫌で言えなかったの。みんなを苦しめたくなくて」
「何よ、それ。何も言われない方が、私たちにとったら辛いよ」
「うん、分かってる。本当にごめん」
言い訳のしようもなく、私はただただ真っ直ぐに謝った。「顔、あげてよ」、朋枝の声に従って、下げた頭を上げる。すると、朋枝が私に抱きついて来た。
「昨日純太から聞いて心臓が止まるかと思った。千早とはずっと一緒だと思ったから。でも、こうしてちゃんと見送ることが出来て、本当によかった」
朋枝の震える声が、耳に触れる。すると、もうダメだった。私も朋枝のことをギュッと抱き締めて泣いた。
私と朋枝が抱き合っているところに、他の女の子も加わって来る。男子達は何も言わずに、私たちのことを見守ってくれる。
十五年間、私はこの温かさに触れながら生きて来たのだと、実感する。胸の奥からじんじんと来るこの温もりは、エアコンなんかでは生み出せない。
どれくらいこうしていただろう。やがて、止まっていた時間を動き出させるように、純太が手を叩いた。
「さて、お互い言いたいことも言えたようだし、お菓子とかジュースあるから、みんなで食べようか」
いつの間にかビニール袋を手にしていた純太は、その中から紙コップを取り出して、一人ひとりに配り始めた。そして、ジュースを入れ始める。
「今日は卒業パーティーだ。最高の想い出作ろうぜ」
ここまでしてもらえるのは嬉しいけれど、「体育館でやって怒られないの?」と、さすがに心配になって聞いた。
「父さんから許可もらってるから大丈夫。それに、許可がなかったとしても、今日くらいは無礼講だろ」
純太はカラッと笑みを浮かべると、
「よし、みんな回ったな?」
紙コップを上に上げた。みんなも同じように上げる。
「千早、最後に言うことあるか?」
急に純太から声を掛けられてしまい、私は「え、え」と声を詰まらせてしまった。みんな、私に注目している。
こほん、と咳払いを挟むと、
「私、みんなのことが大好き。ここでみんなと過ごせて、最後にこんなことまでしてもらえて、本当によかった。これからは今までのみんなとの想い出を抱えながら、東京でも一人で頑張るよ」
「あのね、千早はひとりじゃないよ」
右隣にいる朋枝が、私の言葉を否定する。
「遠くに行ったとしても、千早はこの町の仲間であることには変わらないよ。何かあったら、いつでも相談していいんだからね」
「……うん」
余計な言葉はいらなかった。私はただ頷く。
「そしたら、中学卒業と、千早のこの町からの卒業を祝って――」
紙コップを掲げるみんなの気持ちは、今この瞬間ひとつだ。
「――かんぱい!」
「かんぱーい!」
紙コップをあてながら、互いの門出を祝う。
それからの時間は、楽しくて、あったかくて、あっという間に過ぎ去った。
そして――。
――新しい町。新しい場所。私は新しい制服に袖を通す。
やっぱり高校の制服は、まだ私の身丈に合っていなくて、着られている感が否めない。
だけど、私は違うステージに立ってしまった。それに、みんなと最後に一緒に時間を過ごして、元気にやっていこうと約束したのだ。
いつまでも過去に浸っていたら笑われてしまう。
「もうつけなくても大丈夫だね」
リモコンを手にしたものの、指は最後までボタンを押すことはなかった。私は手にしたリモコンを机の上に置いた。机の上には、写真立てが二つあった。二つの写真のうちの一つは中学校の制服を来たみんなが写っていて、もう一つの方には高校の制服を来たみんなが写っている。
ふっと微笑み、私は窓の外を見た。
季節はもう春だ。
<――終わり>

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