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自分の部屋に戻るなり、私はエアコンのスイッチを押した。部屋の温度がみるみるうちに上がっていき、上着がなくても過ごしやすい空間になる。けれど、まだ少し寒いから、プラス一度分だけ上げておいた。
「なに考えてるんだろ、純太たち」
しわくちゃになることを気にする必要もなくなった制服を着たまま、私はベッドに寝転がった。
何かを企む純太のせいで、最後の最後まで感傷に浸ることが出来なくなってしまった。それどころか、とうとう私はみんなに引っ越すことを伝えることすらも出来なかった。
いったい純太はこれから何をしようと言うのだろう。純太の性格から私だけを除け者にして何かをするとは思えない。
「でも、もしかして……」
私はこれからこの町とは無関係な人間になる。その状況に慣れるために敢えて私抜きでのイベントを設けたとしたら、「十分あり得る話だよね」、純太の行動にも納得のいくものがあった。
十五年近く一緒に過ごして来たのに、なんて寂しい終わり方だろう。けれど、最後まで言葉にせず、この町を去ろうとした私に見合った終わり方なのかもしれない。
そうマイナスな妄想を頭の中に巡らせていると、
「あ、メッセージ」
純太からメッセージが届いていた。おそるおそるメッセージを開くと、「高校に来い、ってなんで?」、目にした瞬間に疑問符が口から漏れていた。「しかも、さっき貰った卒業証書も、って意味が分からないんだけど……」、追加で送られたメッセージは、余計に純太の意図を不明瞭にさせた。
この町を去る身として、私にはもう高校という場所はもう関係がない。今更行ったところで、更なる未練が生じてしまうだけだ。
なのに私は純太の指示のまま、卒業証書が入った筒を手にして、高校へと向かった。
中学校から高校までの距離は、歩いても十分くらいだ。中学校に通う途中に、高校生の先輩たちともすれ違ったこともあったから、地元の中学生はすでに慣れ親しんでいるところもある。
本当ならみんなと一緒にこの道を歩きながら高校に通うはずだったのに、その未来は叶わない。東京の高校に通い始めたら、きっと高校は魔境のように感じて、慣れ親しむことなんて出来ないのだろうと思う。
高校の門が見えると、そこに一人の人影が立っているのが見えた。
「よ、千早」
純太は悪びれる素振りも見せることなく、軽く手を上げた。「ねぇ、純太。これ、どういうこと?」、私は純太の前に立つなり、訝しむような視線を注いだ。
「細かい話は歩きながらにしよう。とりあえずついて来てくれ」
その場で私の質問に取り合うことなく、純太は我が物顔で校舎へと向かい始めた。純太の背中を追いかける。
「ねぇ、なんで高校に呼んだの? ここが私に関係ないって分かってるでしょ?」
「だからだよ。高校の中にちゃんと入ったことないだろ」
「そうだけど……、怒られないの?」
「昨日父さんに聞いて許可もらった」
純太のご両親は先生をやっている。お母さんは小学校の保健の先生で全てを包み込んでくれるような優しさが、とっても好きだった。一方、お父さんは高校の校長先生だ。
「な、なんでそこまで」
「着いた」
私が質問を投げかけたのと、純太が足を止めたのは同じタイミングだった。
そこは、女子更衣室と書かれた部屋だった。
「ここから先は、さすがに俺は入れないから。千早の準備が出来たら体育館に来てくれ」
「え、ちょっ、待ってよ、純太」
私の疑問なんて気に留めないように純太は颯爽と廊下を歩いて行った。言葉から察するに、きっと体育館へと向かったのだろう。
「準備って何をすればいいか言われてないじゃん」
文句を言いながら私は女子更衣室の扉を開けた。ここでちゃんと指示に従うのは、我ながら甘い人間だなと思う。
そして、扉を開けた先には、服が一着分折り畳まれていた。
「……これって」
その服は、この高校の制服だった。
「これを着ろ、ってことなの?」
教室の周りを見ても、他には何もない。
私は瞬間考えた。都心の高校に通う私は、もう二度とみんなと同じ制服を着ることは出来ない。引っ越しのことを聞かされるまでは、この制服を着てみんなと一緒の高校に通うことが出来ると信じて疑っていなかったのに、今は実際に叶うことのない遠い夢になってしまった。
けれど今、純太の企みによって、高校の制服を着るという夢が叶いかけている。
この制服を着たら、余計に哀しくなって、みんなと離れることが辛くなるんじゃないか、と思う。たまたま純太のお父さんが高校の校長先生だから、このような機会に恵まれただけで、本来はあり得ないことだ。
頭では分かっていても、私は今着ている中学校の制服のボタンに手をかけて外し始めていた。
高校の制服を着た後、自分がどんな気持ちになるか想像出来る。けれど、先の未来を想像してなお、私はみんなと同じ制服を着てみたかった。
中学の制服を脱いで、高校の制服を着る。
「……似合ってるのかな」
この女子更衣室には残念ながら鏡がなかった。
けれど、中学を卒業した私に見合った服を着ているからか、不思議と不安はない。
私は女子更衣室を出て、体育館に向かった。学校のつくりというのは、中学であろうとも高校であろうとも、だいたい似ているから迷わずに到着した。
重く冷たい扉に触れて、この先で純太が何をしようとしているのか考えた。でも、考えても分からないから、私は扉を力強く押した。
光が差しんだ先に待っていたのは――、
「千早、卒業おめでとう!」
私と同じように高校の制服を来た十二人のクラスメイト達だった。
<――⑤へ続く>

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