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[小説]空の空②

空の空①

 ***

 芥川ソラネが所属する事務所は、都心のオフィスビルの一フロアを利用している、割と小さめな事務所だ。

 しかし今、その事務所の中が騒然としていた。引っ切り無しに鳴り響く電話、その電話の対応に追われる事務員の声、加えてパソコンにも怒涛のように問い合わせのメールが届いたり、公式SNSにもリプライの通知が止まらない。

 その原因になっているのは――、

「お疲れ様です」

 事務所の扉を開かれたと同時、対応に追われていた事務員の視線が一斉に扉へと集まった。

 そこにいたのは、芥川ソラネだった。

 扉を開けるや注目を集めてしまったことで、事務所が騒然としている理由を察して、ソラネは微かに口角を上げた。

「ソラネ、ちょっとこっちいい?」

 そう声を掛けたのは、ソラネのマネージャーだった。「はーい」とソラネは軽々しくマネージャーに従って、事務所の奥にある会議室に入った。会議室の中には、真面目な表情をした社長がすでに座っていた。

「ねぇ、これってどういうこと?」

 マネージャーはソラネを座らせることもなく、机の上に二枚の写真を置いて、早速本題を切り出した。

 一枚目の写真はソラネが居酒屋でジョッキを仰いでいて、二枚目の写真はソラネが男に抱きついている。

 まさしく、この写真こそが、今ソラネが所属する事務所を騒がせている要因だ。どちらの写真も、今までのソラネからは考えられないような行動が撮られている写真だった。

「あぁ、それ」

 しかし、当事者であるソラネは、何でもないように写真を一瞥しただけだった。

「あぁ、それ……って、自分が何をしたか分かっているの?」

「分かってますよ。だって、リークした本人ですもん」

「自分でやったってこと? なんでそんなことしたの?」

 理解不能なものを見るような視線で、マネージャーはソラネを見た。

 芥川ソラネは芸能界で生きる才能を兼ね備えた存在だ、とマネージャーは思っている。だから、ソラネが活躍出来るように根回しをして来たし、その実も結ばれて、今のソラネの地位を気付けたはずだ。それなのに、どうしてわざわざ自分の名誉をドブに捨てるような行動をするのか、本気で意味が分からなかった。

「私、今のままで満足してないんですよ」

 溜め息交じりに言ったソラネに、マネージャーも社長もポカンとした。

「今の世の中って、コンテンツが腐るほど溢れてるんです。このままで活動しても、いつかは壁にぶつかって、世間から干される日が来る。そんなのは絶対に嫌だ。だから、私はもっと注目が集まるように、行動を起こしたんですよ」

 その選んだ手法が、炎上商法だった。

「だからって……。そんなんで本当に上手くいくと思ってるの? 炎上なんて長続きするわけない」

 マネージャーの言う通り、炎上商法は一時的に話題に上がるだけだ。炎上によって注目を集めてから評価を覆すならまだやる価値はあるが、炎上に巻き込まれたものはほとんどそのまま潰される。そして残るのは、ただの悪評だけになる。まさに諸刃の剣と呼ぶべき行為だろう。

 すでに多くの人から注目を集めているソラネが取るべき行動ではなかった。

「この報道は嘘だったって声明を出す。今ならまだやり直すことも出来るよ。ソラネなら炎上商法をしなくたって――」

「私、そんなヤワな存在じゃない。私は間違っていない、って証明してみせますよ」

 マネージャーの言葉を切り捨てると、ソラネは事務所を後にした。

 その後、わざと炎上商法を行なったソラネは、目論み通り更にテレビやSNSの話題を掻っ攫い、様々な番組に引っ張りだこになった。ただし、演技が上手く整ったスタイルをもつ芸能人としてではなく、自分の欲望に忠実な芸能人として、だ。

 本来であれば、芸能人は崇高な存在として扱われる。そのため、静謐さを求められる。

 しかし、今のソラネは、自分が好きなように遊びながら芸能活動をする存在になった。その一方で、ソラネの露出する才能には変わりがない。

 そのことが、世間には逆に好奇な存在として見られるようになった。

 これはソラネが望んでいた結果だ。しかし、何故だろう。

「……心にポッカリ穴が空いた気分」

 ソラネはまたしても満たされなかった。

 だから、ソラネはまた自分を売った。

 売って、売って、売って、自分を売り続けた挙句、ソラネは自分の本心が何を求めているのか分からなくなった。その内、自分を売るために炎上するような演技をしているのか、もしくは本心が求めて炎上するような行為をしているのか、その境界も分からなくなって来た。

 けれど、ソラネはもう後に引くことは出来なかった。

 結果、ソラネに残ったのは汚名だけだった。

<――③へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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