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[小説]守りたいもの②

守りたいもの①

 ***

「泰喜、またしょげてるのか?」

 靖にぃと慕っていた靖彰兄ちゃんは、近所でも親しみやすいことで有名な大学生だった。年齢は十五くらい離れているのに、誰に対しても分け隔てなく接してくれた。

 当時の俺は、今と違って何に対しても自信がなくて、すぐに殻に塞ぎ込んでしまうような子供だった。小学二年生の時の、桜が咲き始めた三月のことだ。
 だから、この時も三年生になった時に、俺みたいな奴に友達が出来るかどうか不安で落ち込んでいたのだ。

「靖にぃには俺の気持ちなんて分からないよ」

 自分がいじけていることがバレたくなくて、俺は顔を隠しながらそう答えた。

 靖にぃは困ったように肩を竦めると、「そっかぁ、残念だなぁ。せっかく泰喜にだけ特別に、良いところに連れて行こうと思ったのになぁ」と言った。

 当然、そんな風に秘密ごとのように言われてしまったら、小学二年生の俺の興味がそそられないわけがない。「良いところ、ってどこ?」と靖にぃに問いかけた。

「お、少し元気になったか。よし、じゃあ今から案内してやる」

 靖にぃに手を引かれながら、俺は良いところまで連れて行ってもらった。ちなみに、拗ね終わったという言葉に対しては若干の反抗心があったけど、変な言葉を言うと、案内してもらえないと思って静かにしていた。

「着いた。ここだ」

 靖にぃに連れて行ってもらった場所は、山の中の小さな穴だった。ワクワクしながら付いて来たのに、予想外の場所に案内された俺は、「ここ、何?」と正直な疑問を言葉にしていた。
 靖にぃの手に引かれて来ただけとはいえ、ここまで来るのに三十分くらい掛かっていた。

「ここは俺の秘密基地なんだ」
「……秘密……基地……?」

 みんなから慕われて大人っぽい靖にぃには似つかわしくない言葉が出て来て、俺はオウム返しのように言った。
 靖にぃはまるで俺と同年代に戻ったかのような無邪気の笑みを浮かべた。

「そう。たまに一人で考え事をしたい時に、ここに籠って考えたりもして……、うん、俺にとって大事な場所だ」
「靖にぃも悩むの……?」
「当たり前だろ。悩むし、へこんだりするって。俺を何だと思ってるんだよ」

 靖にぃに対するこの時の俺の印象は、完璧な大人というイメージがあったから意外も意外だった。

「ここの秘密基地はいいぞ。俺以外、誰も知らないから静かなんだ。あ、でも、泰喜が今知ったから、俺と泰喜だけの秘密だな」

 俺を一人の人として認めてくれているような気がして、素直に嬉しかった。それと同時に、一つの疑問が浮かび上がって来た。

「な、なんで秘密を教えてくれたの?」
「ここをお前に託そうと思ってな。ここに友達を呼ぶのも、一人で使うのも、全部お前に任せるぞ」

 靖にぃに託されたことが嬉しすぎて、「うん、靖にぃ!」と俺は二つ返事で答えた。

「でも、いいか。いくつか約束してほしいことがあってな――」

 小学二年生の俺は、秘密基地という宝物をどう使って行こうか、そのことばかり頭に浮かび上がっていた。

「分かったな?」
「うん! 絶対に大切にするね!」

 こうして秘密基地を俺に任せた靖にぃは、東京に仕事が決まっていたらしく、すぐに東京に行ってしまった。
 靖にぃがいなくなってから、俺は何度も一人で秘密基地まで足を運び、道を記憶した。

「……ね、ねぇ。秘密基地、い、行ってみない?」

 三年生に上がった四月、靖にぃから託された宝物を周りに自慢したくて、内気だったけれど声を掛けるようになった。
 小学生というのは、『秘密基地』という言葉に弱いものだ。それでも、みんなの反応に対して不安がなかったといえば、嘘になる。それほどまでに、この時の俺は自信がなかった。

 しかし、俺がそう話すと、みんな目を輝かせながら「行きたい」と言った。
 山の中にあるということもあって、みんなの足はたどたどしかったけど、俺は何度も一人で往復したから迷いがなかった。みんなが恐れている山道も、堂々とした振る舞いで突き進んでいった。ついて来るみんなの「カッコイイなぁ」という声を背中に受け、これまで生きて来て味わったことのない感覚を受けた。
 そして、秘密基地の前についてみんなに秘密基地を紹介すると、目を輝かせながら俺を慕ってくれた。ただ慕うだけでなく、口を揃えて「リーダー」と言ってくれるのは、俺を認めてくれるようで嬉しくなった。

 それから、事あるごとに俺は秘密基地へとみんなを連れて行った。それに比例して、俺は自信が漲るようになり、小心者だった性格から一転、大胆で強気な性格に変わった。

 この変化は、きっと靖にぃに秘密基地を譲ってもらわなかったら起こらなかった。

 今の俺にとって、秘密基地は無くてはならない存在だ。俺にとって全てと称しても過言ではない。

 だから、

「君、そんなところにいたら危ないよ」
「誰がお前らの言うことなんか信じるか! この山から出てけ!」

 小学六年生になった途端、多くの大人がこの山に足を踏み入れるようになり、俺を山から追い出そうとした。

 俺たちの住む町と向こうの町を繋ぐ道を作るために山を開発する、という話が、ここに来て本格的に動き始めたのだ。そのために、ここに秘密基地を構えて、我が物顔でいる俺が邪魔になっているようだ。秘密基地の場所がバレないように行動しているおかげで、まだ秘密基地が特定されていないのは、不幸中の幸いだろう。

 これまた噂で聞いた話だけど、俺がこの山で好き勝手やっているから、山を開発してトンネルを作る動きがストップしているらしい。

「……ざまぁみろ、だ」

 これで俺は靖にぃとの約束を守ることが出来るし、

「あいつらも見直してくれるだろ」

 また周りから一目置かれる存在になることが出来る。

 あれだけ俺をリーダーと慕っていた友人は、秘密基地に行くことが飽きて来たのか、もう秘密基地に見向きもしなくなった。むしろ、「大人に逆らったら怖いんだから、たいちゃんも秘密基地を卒業しなよ」と言ってくる始末だ。

 あいつらは大人にビビッて戦うことが出来ない小心者だ。

 俺は秘密基地を託されてから、変わったんだ。もう何もせずに膝を抱える俺はいない。

「しかし、だ」

 いつまで子供騙しが通じるか分からない。

 実際、最近は山の反対側で色んな音を耳にすることが多くなった。今まで聞かなかったのに、このタイミングで聞くようになったということは、反対側で開発が進められているということだ。

 ここも開発に巻き込まれてしまうのも時間の問題かもしれない。

「それでも、俺は……」

 この秘密基地がなくなったら、俺は何を頼りにして生きていいのか分からない。

 俺は誰に言われようとも、ここを離れるわけにはいかない。

<――③へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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