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大学時代の一時を共に過ごしたかつての悪友のことを、ふと思い出した。
二度と名前を聞くこともないと思っていた人物、藤本剛。それをまさか――。
「速報です。雷が目の前に落ちた、藤本剛さんですが、病院にまで運ばれたようです。しかし、未だに目を覚ますことはなく――」
こうしてテレビを通じて名前を聞くようになるとは思いもしなかった。
「……いや」
俺はすぐに自分の考えを否定した。
藤本剛に対する印象は、傍若無人という言葉が強い。常識に囚われない、と言えば聞こえは良いが、藤本の実相は周りに迷惑を被ろうが自分さえ良ければ一向に良い、という自己中心的なものだった。
誰もが止めるようなことに対しても、わざわざ足を踏み込んで、危険に陥る藤本だ。
だから、ニュースを通じて、いつか藤本の名前を聞くようになるとは思っていた。その想像が、大学を卒業する前になることだけは予想外だった。
「いつからだっけ」
最初、藤本と出会った時は、ここまで傍若無人だとは思いもしなかった。
大学に入って、周りと上手く溶け込むことが出来ない俺に対して、一番初めに声を掛けてくれたのが藤本だった。
藤本は好青年とした態度で、とにかく人の懐に入るのが上手かった。含みのない笑みを向けられれば、すぐに心を許してしまう。また、人の話を聞くのが上手いため、多くの人から相談を持ちかけられたり、話を広げるのも上手くて、多くの人が藤本の話に耳を傾けた。
また、藤本は人懐っこいだけでなく、企画力や行動力があった。
流行に乗っかる力もあって、世間で流行るものがあれば、すぐに取り入れたりしていた。人気のアミューズメントパーク、行列の絶えないカフェ。どこで情報を仕入れたのだろうと思うほどにたくさんの場所へと、藤本は遊びに連れて行ってくれた。
正直、藤本と過ごす時間は楽しかった。
このまま行けば、俺達はずっと親友でいれると思っていた。そう思っている奴は、俺の他にもたくさんいたはずだ。
あの時、藤本の周りは、間違いなく多くの人で満たされていた。
だけど、俺は藤本と縁を切った。似たような時期に、多くの人間が藤本から距離を開けたと思う。今も付き合いがあるのは、昔からの幼馴染であるなっちゃんくらいではないか。
「あぁ、そうだ」
藤本が変わったのは、酒を呑める年齢――つまりは二十歳を超えてからだ。
ただでさえ行動力のある藤本なのに、酒を呑んだ藤本の行動力は更に跳ね上がった。こう表現したら、聞こえがいいかもしれないが、実相はそんな淡白な言葉では済まされない。藤本は悪い方向にエスカレートするようになっていったのだ。
酒を一気に呷り、関係のない人に絡みに行き、口論になり、喧嘩になり、夜の街を徘徊するようになった。また、酒の席以外でも遊びに誘われれば、スリルを求めるような遊びが増えていた。
酒を呑めば、箍が外れて本性が剥き出しになる――とは良く言ったものだ。
――俺、退屈が嫌いなんだ。
いつの日だったか、そう藤本は自分で言っていた。
藤本の行動は、全部自分の退屈を凌ぐためのもの。そう思ったら、何だか虚しくなった。
最初は楽しんで藤本と絡んでいたけれど、見切りをつけるには十分だった。藤本と付き合っていたら、命がいくつあっても足りない。そのうち、俺も利用されるだけではと考えるようになった。
気付けば、藤本と距離を開くようになり、俺には別の交友関係が出来始めた。そして、半年くらい前だろうか、風の噂で藤本が大学を辞めたという噂を聞いた。わざわざ連絡することもなく、こうして藤本とは完全に縁が切れた。
恐らく俺の意見は、藤本を知る人間からしたら多く賛同を得られるだろう。
「……本当に変わらないんだな」
テレビの向こう側では、最近SNSでも話題になっているリポーターの波崎唯奈が、必死になって状況説明をしているところだ。雨に打たれ、風に煽られることによって、せっかくの美人も台無しになっていた。
良くも悪くも、藤本は人を巻き込む力を持っている。そして、ここ数年の藤本は、悪い方向にその力を発揮していた。
波崎唯菜も、藤本に巻き込まれたうちの一人だ。
もちろん、全部が藤本のせいではない。目の前に雷が落ちるなんて、藤本はどれだけついていないのだろう、とそう同情もする。
けれど、藤本がいなければ、木に雷が落ちてしまっただけのこととして終わっていた可能性もあるのだ。波崎唯奈も、豪雨が打ち付ける中、ここまでの時間を拘束されなかったかもしれない。
たった一人の常軌を逸した行動によって、巻き込まれる人の身にもなってほしいものだ。
藤本が山に登らなければ、波崎唯奈もスタッフの人も、豪雨の中で仕事をさせられることもなかったはずだ。
「……あっ」
ピピピ、とタイマーの音が部屋に響く。目の前に置いていたカップラーメンを手にして、俺は啜り出す。
カップラーメンを啜りながら、今もなお大量に豪雨が降り注いでいる外を窓越しに見る。この荒れた天気のせいで、俺は今日家にずっといることになった。
誰だって、退屈は嫌いだ。
暇を凌ぐために、今日は一体どれくらい動画を見ていたことだろう。
もしこの場所に友達を呼んで、馬鹿みたいに騒げたら、どれほど有意義な時間を過ごせただろうとも思う。
だけど、俺はそれを選ばない。
この豪雨の中、自分の暇を持て余すために、誰かの身を危険に晒すことは絶対に出来ない。
それに、こうやってのんびり過ごす時間の大切さを、俺は少しずつ身に染みて生きている。
もし未だに藤本とつるんでいたら、気付くことは出来なかっただろう。
藤本剛を、良い奴だと思った。あのままずっと親友になれると思っていた。
でも、ダメだった。現実は違っている。俺は藤本剛についていくことは出来なかった。
どうやらあの時の俺の判断は正しかったようだ。
「――新発売!」
気付けば、ニュース番組がCMに入っていた。先ほどまでの騒然とした現場を映していたのが嘘みたいに、間の抜けた音がリビングに鳴り響いている。
あの騒然とした現場が、どう復帰するのか。藤本は無事でいるのか。気にならないわけでもない。
けれど、テレビに齧りついていたところで、俺に出来ることは何もなかった。
所詮、テレビの向こうで、俺とは違う世界で起こっている出来事だ。
「映画の続きでも見るか」
リモコンを手にすると、動画配信サイトを開いた。
<――③へ続く>
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