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[小説]Escape from⑤

Escape from①

Escape from②

Escape from③

Escape from④

 ***

 あれだけ縋るように助けを求めていたはずの声。

 いざ再び僕の耳に響くと、まず僕の脳内を襲った感情は無理解だった。僕のスマホに着信が届くわけがないのだ。

 だって、そうだろう。

「このスマホ、バッテリー切れだぞ……?」

 ハイキングに出掛ける前、僕はスマホの充電を忘れてしまっていた。非通知着信が届いた時は、切羽詰まり過ぎてその事実を忘れていたけれど、少しだけ頭が冷えた今となってはこの事象の意味が分からない。

 画面の真ん中は非通知着信と表示されていて、上の方の電池にはやはりゼロパーセントとなっている。
 どういう原理で動いているのか、理解が出来ない。

「あなた、誰ですか?」

 そう問いかけた僕の声は、震えていた。暫くの間、静寂が訪れる。どれだけ時間が経とうとも、このスマホの電源が落ちることはないと確信しているから、ゆっくりと待つ。

 暫しの静寂の後、「……ふっ」と笑う声が聞こえた。

「私が何者かと答えても、君はこの先知ることもないだろう」
「どういうこと?」
「私は君が生きる時空とは遥かに異なる場所にいる。今こうして通信しているのも、私が独自に生み出した異なる時空と疎通が取れるシステムを使っているからだ」

 当たり前のように言われても、意味が分からなかった。

「異なる時空にいる、って、宇宙人ってこと?」

 ようやく絞り出した質問も、的を得ていないようなものだった。

「正確には異なるのだが、そういう認識で構わないよ。私が何者であるかは些細なことだからね」

 きっとこの人の事情を懇切丁寧に聞いたとしても、言葉通り僕とは生きる次元が違い過ぎて、百パーセント理解することは出来ないだろう。

 だから、「なんで僕を選んだんですか?」、と質問を変えることにした。

「僕は勝手に樹海に潜って、迷っているだけ。本来であれば、ちゃんと気を付けていれば、ここに踏み込むことはなかった。つまり自業自得なんです。それだけじゃない。僕の人生は、部屋に籠ってスマホに溺れてるような、誰にとっても無価値な人生です」

 言葉にして出したことで、自分がどれほど無能なのか再認識させられる。このまま樹海に彷徨っていた方が、世界のためになるのではないか。

 スマホから「……そうだね」という声が響く。

「君と繋がった理由は、たまたまだよ」
「え?」
「僕が作った技術は、指定した半径数キロメートルに何かしらの媒体を通して疎通を取ることが出来る内容なんだ。たまたま選んだ場所に、君のそのスマホという媒体が選ばれただけなのさ」
「……そっか」

 彼の言葉に、多少のショックを受けている自分に驚いた。もし「君には人にはない力がある」とか「生きる価値があるのだから生きろ」とかそんな物語のような展開になることをどこかで期待していたのかもしれない。

 僕が勝手にショックを受けていることなんて分からないはずなのに、「でも」という声が耳に響いた。

「君の声を聞いた時、放ってはおけないと思った。だから、遭難した時のライフハックを伝えたし、交信が取れる人がいる方角を伝えた。真っ直ぐに歩けば助かる、というのは嘘じゃない」
「……なんでそう思ったんですか。僕なんか放っておいてもいいのに」
「君の声が助けを求めていたからかな」

 樹海に迷っていたんだ。助けを求めるのは当たり前だろう。「僕がどこにいると思っているんですか」と僕が言うと、

「そういう意味じゃない。樹海という場所を除いても、君の声には絶望感が漂っていたんだ。もし別の場所で疎通できたとしても、君の心は助けを求めていただろう」
「……なんで」

 なんでこの人はここまで僕の心を見通しているのだろう。この人の言う通り、きっと僕の部屋で非通知着信が掛かって来たとしても、助けを求めていた。自分の人生とは掛け離れた世界しか映さない小さな箱に、身も心も囚われて苦しんでいたのだから。

「声しか聞こえない分、心の奥まで知ろうとしているんだ。そしたら、いつの間にかその人が本当に何を求めているのかが分かるようになって来た。どんなものも使い方次第だね」
「……使い方」

 スマホひとつ取っても言える。何も考えずに使えば時間を奪われてしまうけど、こうして誰かを救うことが出来る。

 そして、それが人間であればどうだろう。使い方次第で無限大なことを――、それこそ世界の仕組みを変えるような一石を投じることだって出来る。……かもしれない。

 今まで見えなかった景色が、パッと広がっていくような気がした。

「それに、ここまでの君の行動を私はしっかりと見ていた。私の言うことを信じ、最後まで突き進み続けたではないか。それは簡単に見えて、誰にでも出来ることではないんだよ。辛い状況の中でもここまで歩き続けた自分のことを、君は褒め称えていいんだ」

 何故だろう。その言葉を聞いた時、無意識に涙が流れて来た。

 僕は今まで自分のことを認めることが出来なかった。
 家に引き籠って生産性もなく、時間を無駄にしてしまっていること。何とかしなければと思っても、結局は怠惰に生きてしまうこと。他の人が普通に出来ることも、僕にとってはとてつもなく難解な問題に思えてしまうこと。
 社会に出て打ちのめされてから、僕は自分自身に期待を抱くことが出来なくなってしまっていた。

 けれど、今、こんな樹海の中で顔も名前も知らない人から僕の行動を認められた。
 そのことが胸をじんわりと温かくさせてくれる。

「一番してはいけないことは、生きる希望を捨てることだ。私も過去に何度も希望を捨てそうになる瞬間もあった。けれど、希望を捨てずにいたからこそ、こうして技術を生み出すことも出来たし、それによって誰かを助けることが出来る。何もないと思っていた私にも、それが出来ると思うと、本当に希望だよ。人生は捨てたものじゃない」

 彼の言葉に力づけられた。と、ここで僕の中で一つの疑問が湧いて来た。「あの、もしかして」と問おうとしたと同時、「さぁ」と彼の声が耳を貫いた。

「一番近場の反応まであともう少しだ。踏ん張ろう」
「……はい」

 返事をしてから画面を見ると、非通知の表示は消えていて完全に真っ暗になっていた。
 最後に心に浮かんだ僅かな疑問を訊ねようかと思ったけれど、「まぁいいか」。きっと僕のこの推理が正しければ、また将来に知ることになるだろう。

「それよりも今は」

 スマホから目を離し、前を見据えた。

 まだまだ僕がいる場所からは、樹海の出口を垣間見ることは出来ない。

 けれど――、

「よし」

 真っ直ぐに進んだ先が、樹海の出口になることを確信して、再び歩み始めた。

<――終わり>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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