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二人でお泊り会をする時、梨乃はいつも私よりも早く寝てしまう。そして、梨乃が一度寝たら、大抵のことをしても目を覚ますことはなく、夜を明かすことになる。そうなると、寝つきの悪い私は、眠くなるまで一人の時間を過ごさなければいけない。
なのに、今日の梨乃は、宿を出るまでは確かに寝ていたはずなのに、こうして深夜の砂浜へと足を運んでいる。
「すごく良い景色だね。美乃里を追いかけて来て良かったよ」
そう言うや梨乃は私の隣で寝ころんだ。
いつもは見上げるしか出来ない梨乃の顔が、私と同じ視線に並ぶようになる。梨乃の顔を同じ位置で見るのはいつ振りだろう。成長期にぐんぐんと身長が伸びた梨乃を見る時は、基本的に見上げることが多い。
しかし、寝転がってしまえば関係ない。
やはり梨乃と私は同じだ。
二人並んで満天の星空を見ていると、時間が止まっているような気がした。今この瞬間、この世界は私たちだけのものだ。
「ねぇ、美乃里。私に言いたいことあるでしょ?」
鋭く核心を突いて来た梨乃の質問。
空に向けていた視線を梨乃に向ける。星空にも負けないくらいハッキリとした梨乃の綺麗な瞳と、真正面にぶつかった。
「私の話を聞いてから、美乃里、ずっと難しい顔をしてる。言いたいことあったら言っていいよ」
「梨乃のくせによく見てるんだね」
「茶化さないでよ」
軽く笑う私に対し、梨乃は表情を崩さない。
「美乃里は私の話を聞いて何を思ったの?」
夕暮れ時に梨乃の話を聞いた時、私の中で様々な感情が渦巻いて、その感情に囚われそうになった。しかし、こうして大自然の下にいることによって、その感情も整理することが出来た。
だから、わざわざ梨乃に伝える必要もない話になったのだ。
「んー。ほとんど解決した気もするけど……」
しかし、もしまた梨乃を前にして同じ気持ちを抱いてしまい、考えを転じることが出来なくなった時のことを踏まえると、ここで後腐れを残すのは良くないことだ。
だから、敢えて私が抱いた本当の気持ちを言葉にするのなら。
「悲しかった」
私は自分の思いを真っ直ぐに吐露した。
母親が子供の言うことをすべて受け止めるかのように、「うん」と梨乃は優しく頷く。
そんな梨乃を前にして、清算したと思っていた私の感情が、箍を外れたように溢れ出す。
「なんで私に言ってくれなかったの。私たち親友でしょ。そう思ってるのは私だけなんじゃないかと思って、そのことが余計に私を悲しくさせた」
「ごめんね。確証のない話はしたくなかったの。決して美乃里のことを親友だと思ってないからじゃないよ」
「分かってる。梨乃がそんな子じゃないって分かってる。それでも、勝手に悲しくなったし、そう考えた自分に嫌気が差した」
何度自己否定したことだろう。自分でもどうしようもないほど考えが止められなかった。
「でもね、一番嫌だったのは、梨乃と離れ離れになっちゃうことなんだ」
これが私の単純明快な思いだった。
確実に訪れる梨乃との別れを考えてしまうと、まるで私の体の一部がなくなってしまうかのように苦しくなってしまう。
「そんなの私も同じだよ」
梨乃の言葉に、私は隣を見た。梨乃は遠い空をずっと見つめている。
「私も美乃里と一緒にいることが当たり前のように思って生きて来て、ずっと美乃里に甘え続けて来たから、これから不安だよ」
私にとっての梨乃は、ずっと一緒に過ごして来た幼馴染みで、かけがえのない、いなくてはならない存在だった。
しかし、梨乃からしたらどうだろう、とずっと思っていた。特に、プロの道へ行くと告げられてからは強く考えていた。
自分以外の心は、誰も読み解くことが出来ない。その読めない心を読もうとすると、邪推が生じてしまい、余計に悩みを拗らせてしまうようになる。
けれど、今分かった。
梨乃にとっての私は、私が思っている梨乃と同じだ。
信頼をおいて慕ってくれていると分かると、さっきまでの胸のつかえが嘘のように軽くなった。
「じゃあ、なんで……」
誰も人の夢や進路に口を挟むことなんて出来ないと分かっていながらも、私は聞くことを止めることが出来なかった。
プロというストイックな道を選ばなくても、もっとほかに良い方法があったのではないか。
「いつまでもお互いに頼り切ってたらダメなんだって思った。もっと変わるために、自立していかなければいけないんだ。……私が美乃里に追いつくためにも」
「え?」
最初聞き間違えたかと思った。
私に追いつこうなんて烏滸がましいほど、私と梨乃は違う。
だって、梨乃はバレーのプロになれる実力者で、モデルみたいにスタイルも整っていて、誰からも好かれるような愛嬌を持っているのだから。
「美乃里の冷静に物事を深く見れる視点とか、一緒にいると安心できるところとか、私にはないものばかり持っていて、いつもキラキラと輝いて見えた」
まさか梨乃が私のことをそんなに肯定的に捉えてくれているのだとは思わなかった。
「きっとさ、お互いの環境や状況が変わっても、私たちの関係までは変わらないよ。私と美乃里は友達のまま。それでさ、会う度にお互いの近況を話したり、成長した姿を見て褒め合うの」
少し大人になった私と梨乃が、少し小洒落たカフェのテラス席に座っている。そこでは、身の回りで起こったことを赤裸々に話している。
梨乃が楽しそうに語るから、なんだかリアルに想像できてしまった。
「だからこそ、頑張れる――。想像したらさ、めっちゃ楽しくない?」
梨乃が私の方を見ながら同意を求めて来た。
そう言葉にした梨乃は、私との未来がそうなると全く疑っていないような表情だった。
だから、私は、
「……うん、楽しいかも」
自然と口から出て来た。
「でしょ。それでね――」
いつもの人懐っこい笑みで、梨乃が黒いキャンバスに白い線を描くように不確定な未来を語る。私もそのキャンバスにどんどんと足していく。
梨乃と夜を明かしてこんなに話すのは初めてだった。
もし昔からこんな風に互いの想いを吐露しながらお泊り会をしていたら、私たちの仲はもっと深くなったのだろうか。
そう思った時、「ねぇ、そういえばさ」と私はここまで聞けなかった疑問を梨乃にぶつけることにした。
「なんで梨乃はここまで来たの? いつもは寝てるじゃん」
空を見ながら訊ねる。うっとりと星空を眺める梨乃は「えー、今更?」と甘えたような声を出す。
「そりゃあね。美乃里がいなくなったら気付いて起きるに決まってるでしょ」
「いつもは寝てるのに?」
「美乃里がいると安心してぐっすり寝れるんだよね」
梨乃の言葉に思わず私は隣を見た。梨乃が目を細めているのは、夜空に浮かぶ遠い星を見ているからだけではない。
お泊り会の時に梨乃がすぐに寝てしまう理由は、なんとも可愛らしいことか。
「あ、そう思ったら、急に眠気が」
梨乃が欠伸交じりに言うのを、「梨乃を背負って宿にまで帰りたくないよ」とキッパリ断わった。梨乃は能天気に「あはは、やっぱダメかぁ」と言った。
夜の砂浜という普段にはない環境が、私と梨乃の心を解いてくれているのか、いつもの人懐っこさよりも今の梨乃は何倍も甘えたがっているように思えた。
立ち上がって、私はお尻についた砂を払い落す。そして、
「ねぇ、梨乃。おめでとう」
ここまで梨乃に対して言えなかった言葉を言った。梨乃はガバッと立ち上がると、
「ありがとう」
心底嬉しそうに言った。
「それとさ、寝て、起きて、朝を迎えたら、何がしたい? やりたいこと一緒にしよ」
ようやく前向きに未来を捉えられる気がした。
<――終わり>

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