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ごちゃごちゃとしている混雑した空間の中、半径二メートルだけは静謐とした厳かな空気が保たれていた。
どこか神秘的にも感じられる時間で、自分の心の奥底を見つめながら、去年のことを懐古する。
楽しかった。その一言に尽きる。
だから、この一年間も、最高の一年間にしたい。俺がやりたいこと。遊び、勉強、友達、高校生活最後の時間を全力で楽しみたい。
見つめれば見つめるほど、『越生茂貴』という存在が研ぎ澄まされていくようだ。もっともっと心の奥底まで見つめ直せば、未だ知らない自分に出会えそうな気もする。
そんな感覚に苛まれながら、俺は決意を結ぶ。
そうだ。今年こそ俺は――。
――自分の中でフワフワとしていた想いが、祈りという行動によってしっかりと象られていくと、ゆっくりと目を開けた。
時間にして、恐らく一分にも満たない。
けれど、数分前の自分とは明らかに心境も何もかもが変わっている。客観的に見れば、俺がしたことは目を閉じて考え事をしただけだ。なのに、普段と違っているのは、『神様』の前で決意したかどうか、の違いだ。
「茂貴、何祈ったんだ?」
雑踏から少し離れた場所で、一緒に初詣に来たクラスメイト達と甘酒を飲んでいると、そう聞かれた。クラスメイト三人の眼差しからは、期待の色が滲み出ている。
クラスの中での俺の立ち位置を、端的に一言で言うなら、人気者だ。人を楽しませるような話題を口にし、勉強も出来、周りを引っ張るようなリーダーシップも兼ね備えているおかげか、常に周りには人が集まっている。
だからこそ、俺が言うべき言葉は決まっていた。
「今年の俺は、青春をすべて謳歌してやる! そして東大に受かる!」
「言うねぇ!」
「流石コッシー!」
俺の一言で、先ほどまでの空気は一気に泡沫へと消え、クラスメイト達はどっと盛り上がる。
ただ何となく渡り歩く人生というのは、平凡で退屈だ。そんな平凡で退屈な人生に少しだけ変化を加えようと、人は分相応な何かを求める。
俺は言葉に『誇張』という刺激を付け加えている。そうすれば、周りから一目置かれ、みんなから慕われる。
それが、俺の処世術だ。
そして周りから認められている時に、俺は何よりも輝くことが出来る。
「最高の想い出作ろうぜ!」
年明けにテンションが上がっている俺は、真っ直ぐに駆け始めた。「どこ行くんだよ?」、背中からクラスメイトの声が聞こえる。行く先は自分でも分からなかった。とにかくジッとしているのが勿体なくて、楽しそうなことをしていたかった。
――自分がやりたいと思うことをやって、周りを巻き込んで生きる。
「それが、越生茂貴という人間だ」
齢十七にて、俺は何でも出来るような気がしていた。
この時の俺は、そう思い込んでいた。実際、周りからも思われていたと思う。俺の周りに多くの人が集まっていたのが、その証拠だ。
だけど、それはとんでもない俺の妄想に過ぎなくて――。
<――②へ続く>
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