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[小説]運命の道①

 ***

 生きていくと、人は必ず何度も何度も分かれ道に立たされる。
 その選択によって、自分がどこに辿り着けるかどうかが決まっていく。

 だけど、俺は思う。

 結局何を選んだところで、一個人が辿り着く場所はたかが決まっている。言うなれば、個人の力量によって運命は既に定まっていて、何を選ぶかなどは些細な問題なのだ。

 たとえば幼い子供がプロ野球選手を夢見たとして、実際にその夢を叶えられる子供はほんの一部だ。ほとんどの人は、己の力量が足りず、どう足掻いても運命を覆すことは出来ない。行き着く将来は、無難な職に就くと言ったところだろう。

 どの道に進んでも、ある程度の運命が決まっているならば、自分の後悔がない方を選ぶべきだ。

 だから俺は、その時その時、自分が楽しいと思う方向を選ぶようにしていた。

「うっま!」

 日本の最果てで、極上の海鮮料理を口にすると、つい本音が漏れだしていた。
 このお店でお一人様なのは俺だけだった。他の客は皆、友達やら恋人やら家族とやらと食事を楽しんでいる。だから、俺の口にした独り言のような感想を、わざわざ気に留めるような人はいなかった。

 唯一、俺の独り言に反応してくれたのは、

「だろ。新鮮な魚介を選りすぐってるから、美味いだろ」

 カウンターに立つこの店の大将だった。大将は誇らし気な表情を浮かべていた。

「はい。刺身ってこんな美味かったんですね。東京ではこんなの食えないっす」
「お、兄ちゃんは東京から来たのか。わざわざこんな寒いところまで観光か?」

 大将は手を動かしながら、一客である俺に話を広げてくれる。

「観光、と言えば観光ですね。俺、今自転車で日本一周しようとしてるんです。東京出て、ずっと海沿いを走って来ました」
「すげーアクティブだな。なんでまた?」
「自転車で日本を巡るって、めちゃくちゃ楽しそうじゃないっすか。実際に今めちゃくちゃ楽しいし」

 大将の質問に、俺は満面の笑みで答える。

「ハハハッ、活きが良いな。そしたら、これ餞別だ。温まりな」

 豪快な大将は、俺の前に湯気が立つ味噌汁を置いてくれた。「うわ、マジすか。ありがとうございます!」、味噌汁を早速飲むと、海鮮の味がぶわっと口に広がった。

「し、染みる……。めちゃくちゃ美味いです」

 本心から言うと、大将は慣れたようにカラっと笑みを浮かべてくれた。

 自転車を漕いでいたらたまたま見つけただけのお店だったが、こんなにも満足できるとは思わなかった。味も量も値段も、そして人の良さも、文句の付けようがない。
 あの時右に曲がらなければ、恐らく巡り合えなかったお店だ。
 こういう要素も、自転車という無謀な手段で日本一周を成し遂げようとしている醍醐味だ。

「ごちそうさまでした!」

 腹も心も満たしたところで席を立ち、そのまま大将に会計をしてもらう。

「じゃ、事故や怪我には気を付けて、日本一周頑張ってくれよ。良かったら、また来てくれよな」
「はい!」

 大将に見送られて、俺は店の外に出た。キンと冷えた風が、俺の全身を撫でる。

「うわ、やっぱ寒っ」

 俺は身を縮こませながら、停めていた自転車に近寄る。鍵を開け、自転車に跨り、空を見上げた。

 東京では見ることが叶わない青く澄んだ空が広がっていた。

「やっぱ正解だったな」

 最初に自転車で日本一周をすると言葉にした時の反応を思い出す。

 俺の周囲の人間はみな無謀だと止めて来た。けれど、そんな声を無視して、必要最低限の荷物をバックパックに詰めて強行突破した。

 無難に生きても、俺が行き着く運命は、退屈でつまらないものだ。なんとなく自分の未来予想図は描けてしまう。

 ならば――、

「俺の運命は俺が決まる」

 自転車のペダルを踏み、前へと進み始めた。

 未踏の地で、俺は風と一つになる。次に行き着く先に何があるのかは、分からない。

<――②へ続く>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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