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[短編小説]スパイスひとつまみ④

スパイスひとつまみ①

スパイスひとつまみ②

スパイスひとつまみ③

 ***

 ごちゃごちゃとしている混雑した空間の中、半径二メートルだけは静謐とした厳かな空気が保たれていた。

 どこか神秘的にも感じられる時間で、自分の心の奥底を見つめながら、去年のことを懐古する。

 大変だった。その一言に尽きる。

 一年前の俺は、周りから好かれていて、何でも出来ると傲慢にもそう思い込んでいた。
 けれど、何気なく放った嘘の一言によって、俺は自分に不釣り合いな環境に身を投じることになった。本気で勉強に身を捧げる進学クラスは、俺とレベルが違い過ぎて、話が一切噛み合わなかった。

 その時、俺がどれだけ浅はかな人間なのかを悟った。自分の無力感に打ちひしがれた俺だったが、ただで転ぶことをしなかった。

 この抱いた絶望を糧にして、もう一度立ち上がることを決意した。

 だけど、変わることだけを願って、そのまま立ち上がるだけなら根本は何も変わらない。
 俺は生まれ変わるために、嘘を封印した。俺が感じたことや俺が持っているものを、ありのまま表現すると、そう決意した。

 最初は、容易くはなかった。

 俺がどれほど『嘘』という刺激に毒されていたのか、痛感した。自分を誇張して、相手を刺激しないと、誰も俺のことなんて見向きもしてくれないのではないかと思った。
 けれど、それは逆に本当の俺と向き合ってくれないことに等しい。

 だから、『俺』は『俺』として周りに接した。

 案の定と言うべきか、周りからは無視されるようなことが何度も何度もあった。
 それでも頑張れたのは、嘘にまみれた『越生茂貴』が嫌だったからだ。本当の『越生茂貴』として生きてこそ、俺は周りを気にすることなく、自分に自信を持つことが出来るだろう。

 去年の出来事を見つめれば見つめるほど、『越生茂貴』という存在が研ぎ澄まされていくようだ。もっともっと心の奥底まで見つめ直せば、未だ知らない自分に出会えそうな気もする。

 そんな感覚に苛まれながら、俺は決意を結ぶ。

 ――目を開けると、俺は自分の部屋にいた。

 時計を見やれば、時刻は十二時十六分を示していた。どうやら新しい年が始まってから十分以上が経過しているようだ。

 外からは除夜の鐘が鳴り響いたり、年を越えたという浮ついた空気が漂っていた。神社に行けば、きっと初詣をするための行列が出来上がっているだろう。

 今年の俺は、初詣という環境を使うことなく、自分自身で決意を固めていた。いや、もっと言うならば、自分の無力感に打ちひしがれたあの時から、ずっとずっと自分の中で決意を唱え続けていた。

 言葉だけの刺激を、心に与え続けても意味がない。ただやった気になって終わるだけだなら、どれほど虚しいことだろう。
 言葉だけで流れゆく自分が嫌で、決意に見合った行動を取るようにしていた。

 あの日からずっと行ない続けたおかげで、俺は少しずつ自分を好きになれている。

 齢十八にして、ようやく『越生茂貴』という人間に自信を持つことが出来るようになったのだ。

「よし、あともう少しやるか」

 机に広がっている参考書に、改めて取り掛かり始めた。

<――終わり>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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