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「雄一郎、なんでここに……」
サークルの後輩である雄一郎が目の前にいることに、私は少しばかりの動揺を抱いていた。
今私がいる場所は大学のサークル棟とは別の棟の階段。しかも、基本的に人通りは少ない。いや、ないと言っても等しいほどの人気のなさだ。加えて、今この時間は、ちょうどサークル活動真っ只中になっている。
「俺にだってサークルをサボりたくなる時くらいありますよ」
雄一郎は悪びれることなく言うと、私の隣に座った。雄一郎は顔を上げると、ハーッとリラックスしたように息を吐いた。
「最近雨ばかりでしんどいすよね」
階段から見える窓を眺めながら、雄一郎が言う。
もう九月だというのに、今年はやけに雨の多い年だった。太陽の光を浴びることが少なくて、気持ちが下がってしまっている人も多いらしい。同じ状況でもある私は、「もう雨はコリゴリって感じ」と言った。
何気ない世間話のつもりだった。
しかし、雄一郎はいつの間にか窓から私に視線を向けていて、
「でも、羽須美先輩が元気ないのって、雨だけが原因じゃないすよね」
と私の内面を見透かしているように言った。咄嗟のことに、私は何も返事をすることが出来なかった。
「え、と……、ち、違うけど、どうしてそう思うのかな?」
何とか私は雄一郎に言葉を返す。雄一郎は笑いながら「ほんと隠し事ヘタすぎ」と言った。
「先輩が隠し事する時って、今みたいに明らかに無理するんすよ。今年になってから、ずっと無理してます」
自分のことを誰かに言うことが苦手な分、私は自分で抱え込んで何とかしようとする傾向が強い。周りにはバレないようにして来たつもりだったけど、まさか雄一郎に見抜かれてるとは思わなかった。
「それと、ちゃんと研究している時の方が、活き活きしてました」
雄一郎の声がなんだか優しく私の耳に響いて、少しだけ胸が震えた。
去年サークルに入って来た時は、自分からコミュニケーションを取ることをせず何を考えているか分からなくて、自分のペースを貫くような子だった。そんな子が私の表情の機微を見抜くくらい、しっかりと見ていてくれたと思うと、雄一郎の成長を感じざるを得ない。雄一郎が後輩でなければ、私は泣いていたかもしれない。
「でもさ、仕方なくない? 新しく入った風花が馴染むまでは、風花に合わせてあげないと。もし風花が辞めたら、うちら廃部だよ。そんなのダメだよ。雄一郎のためにも残さないと――」
「いや、俺とかどうでもいいす」
「え?」
予想外の言葉に、私は声を無くしてしまう。
この文化研究サークルは、過去の先輩から受け継がれている。だから、私たちも何としても雄一郎にちゃんとバトンを渡したいと思っている。
そのために風花が文化研究サークルに居続けてくれるように頑張っているというのに、当の雄一郎は何も思っていないというのか。
先ほど少しだけ見返した私の想いを返して欲しい気持ちになった。
訝しむような私の視線に気付いたのか、「あー、もちろん気を遣ってもらえるのはありがたいす」と訂正を加える。
「でも、俺のことは俺が何とかします。まずは先輩自身のことを考えてください。羽須美先輩は、何をしたいんですか?」
改めて問いかけられたけど、私はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
文化研究サークルを守るために行動しているけど、それは本当に『私』がやりたいことではない。
すぐに返答しなかった私を見て、雄一郎はふぅと息を吐く。
「失礼な言い方になったら、すみません。でも、今の先輩を見ていると、矛盾したことやってるなって思うんすよね」
「矛盾?」
「嵐が来てるのに、嵐の渦中に自分で飛び込んでいって、雨降るなー止めーって叫んでる感じ」
雄一郎のたとえに思わず私は笑みを零した。「あー、それは矛盾してるね」と声が出る。雄一郎は満足気に頷いた。
「人生、波もあれば風もあるんすよ。だから、上手く乗り越えていくことが大事ですよ。……まぁその方法を見出すのが難しいと思いますけど」
私よりひとつ年下の雄一郎は、私が思うよりも随分と大人びた考え方をしていた。雄一郎と出会ってから一年半が経つけど、今日が一番、雄一郎のことを知る日になっている気がする。
「雄一郎はどうしてるの? 困難に直面した時」
「俺はこんな性格だから、遠すぎず近すぎず、のらりくらりとして乗り越えますよ」
雄一郎は平静に言う。飄々とした性格である雄一郎らしい答えだ。
「色々言いましたけど、困難を乗り越える方法って、きっと人それぞれっすよ。俺みたいにのらりくらりする奴も居れば、困難を困難と思わずに気付けば乗り越えている奴もいる。それこそ、困難だとしても諦めずに自分の意志を貫く奴だっていると思います。でも、羽須美先輩の場合は、困難を乗り越えようとして自ら状況をどんどん悪化させてるような気がしました」
「……」
雄一郎の言う通り、自分の中に確かに芽生えている違和感に目を瞑って、私は風花や他のサークルメンバーに顔を合わせて生きて来た。自分の意見を押し殺して、誰かに媚びへつらうように生きることが、こんなにも窮屈で苦しいことだとは思わなかった。
「俺、このサークルメンバーの中で羽須美先輩のことが一番気に入ってるんすよ。だから、羽須美先輩が何をしようとも、少なくとも俺だけは受け入れますよ」
そう言うと、雄一郎は腰を上げて階段を降り始めた。その顔は少しだけ赤い。
雄一郎が踊り場を越え、更に階段を降りようとした時、
「ねぇ、なんでそこまで言ってくれるの?」
私は階段の手すりから顔を出し、雄一郎に問いかけた。雄一郎は足を止めると、私を
向く。真っ直ぐな雄一郎の瞳とぶつかった。
「一番サークル活動に真剣に取り組んでたから」
雄一郎は相好を崩してサラッと言った。そして、そのまま雄一郎は階段を降って、姿が見えなくなってしまった。
私は雄一郎が見えなくなっても、暫くの間、階段の上で立ち尽くしていた。
風花が入部してから半年近くの間、私は一人で悩んでいた。悩み続けた挙句、後輩にまで気を遣わせてしまう体たらくだった。
「このままじゃダメだ」
手すりを握っている手に、自然と力が籠もった。
外はまだ雨、状況は何も変わっていない。
けれど、私の心は確かに上を向くようになっていた。
<――④へ続く>

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