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[小説]マタノボル③

マタノボル①

マタノボル②

 ***

 このしんと静まって張り詰めた空気を、私は生涯忘れない。

 息を吸う度に胸が凍てつき、私の歩む意志を削ぐような寒気が肌に触れる。
 寒さというのは、身も心も凍てつかせる力を持っているのを実感した。終わりの見えない寒気にあてられると、早く山から下りて暖房の利いた部屋に籠りたいと思うようになる。

 しかし、今の私は山に囚われている。

 この山には、年が変わったと共に足を踏み入れて初日の出までに頂上に辿り着いた者の夢を叶えるという良い噂がある一方で、もし初日の出までに登頂が出来なければ山から下りることが出来ない、という悪い噂もある。
 それが噂ではなかったということを、私は自分の身をもって体感した。

 どうやったら初日の出を見て、時間を正常に進めることが出来るのか、分からなかった。
 初めてループに巻き込まれていると気付いた時、パルコを置いて一人で全力で駆け上って、頂上で初日の出を見た。しかし、私はまた年越しの瞬間に戻ってしまった。
 ならば次は、と正攻法でパルコと一緒に山を登ることにした。しかし、この時のパルコは何故か好奇心旺盛で、色んな場所で足を止めた。一回一回は短い時間だったから、私も油断した。時間は消耗され、またしても初日の出までに登頂することが出来なかった。
 四回目では方法を変えて、タイムループしたと同時に、山から体を背けて逃げ出すことにした。ある程度は山から離れることは出来たけど、私がほんのちょっと足を止めた瞬間、「あけましておめでと!」というパルコの声が隣で響いて、逃げ出すことは出来ないのだと諦めた。
 五回目の挑戦は、パルコに競争を持ちかけてみた。パルコは最初楽しそうに乗ってくれたが、パルコの体力は途中で尽きてしまった。普段から走っている私との差は、明確だった。それでも「頑張れ、パルコ。まだ全然途中だよ」と励ましたりもしたけど、無理やりに走らせた結果、パルコは足を挫き、ゆっくりと歩くことしか出来なくなった。

「あけましておめでとお、ヨッカ!」

 そして、六回目の挨拶が私の耳に響き渡る。

 ジンクス通り、私は一生この山から下りることは出来ないのではないか。もし、そうなってしまったら、私はどうなるのだろう。

 時間に囚われるのは苦しくて、頭がおかしくなりそうだ。それでも、なんとか気を保てているのは、パルコが一緒にいるからだ。だから、パルコがずっといてくれるなら、もう一生ここにいてもいいかもしれない。

「おめでとう、パルコ。じゃあ、初日の出見に行こうか」

 しかし、私は諦めない。

 噂が広まるということは、噂を広める人がいるということ。つまり、この山から抜け出した人がいるということだ。

 可能性がゼロでない限り、私は前に進むことをやめない。全てを捨てて、永遠にこの時間に留まっているほど、私は私の人生を投げ捨てていない。

「うん、楽しみ!」

 歩き出した私のあとを、まるで初めて登るかのように満面の笑みを浮かべながらパルコはついて来てくれる。

 そして、一回目のような他愛のない会話をしながら、一緒にパルコと山を登り始める。

 ここまで五度失敗して分かったこともある。それぞれ失敗の仕方は異なるけれど、大まかな失敗方法は三つある。

 一つは、シンプルに私もパルコも頂上に辿り着けないこと。最初と三回目と五回目がそうだ。パルコと一緒に山を登ることを選んだけど、どれも頂上で初日の出を見ることが出来なかった。
 二つ目は、パルコを置いて、私一人で山に登っても意味がないということ。
 最後は、挑戦を避けること。これは、私とパルコが年明けと同時に山に踏み入れたことで挑戦権を得てしまったということだからだろう。

 この三つを踏まえると、このループから抜け出すためには、パルコと一緒に頂上に登って初日の出を見ることが最低条件だ。
 最低条件がハッキリと分かっただけでも、失敗したことに意味があったと思える。

 初日の出を迎えるまで、あと七時間。パルコの体力を考えると、途中で休みながら登る必要があるけれど、焦りすぎることはない。

 その心構えもあってか、六回目の山登りは、一番初めに登った時のように心穏やかなものだった。今までは絶対にループを抜け出してやるという想い一つに駆られて、心に余裕がなかったけれど、今はパルコとの時間も楽しみたいという想いが芽生えているからかもしれない。

「また男の子が泣いているね」

 そして、半分ほど山を登ったところだろうか、私たちが進む先に一人の男が道の真ん中で泣いているのを見つけた。

 最初に山を登った時、そういえばこの子とすれ違ったことを思い出した。その時は、普通に初日の出を見れると信じて疑わなくて、初日の出に間に合うために子供のことを無視した。二回目以降は男の子と会わなかったけど、きっとこのゆとりを持った登山でしか会うことが出来ない絶妙な時間だったのだろう。

「あ、本当だ。私、チョコ持ってるんだけど、こういう時って上げない方がいいよね」

 パルコが鞄に手を添えながら言う。

 今と一回目は、私を取り巻く状況も私の心境も違う。
 判断ミスは失敗への第一歩だ。
 タイムループを抜け出して勝利するためには、選択を誤る訳にはいかない。

 だからこそ、私は――、

「声を掛けに行こう」

 パルコが驚いたような顔を浮かべた。

「いいの?」
「うん、もちろん。私の知ってるパルコなら、誰かが困っている姿を見たら助けに行くでしょ」

 それに、昔の私とパルコが仲良くなったキッカケもパルコが声を掛けてくれたからだし、とは口には出せないから心の中だけで呟く。

「ありがとう、ヨッカ」
「お礼を言うところじゃないって」

 真正直なパルコに、私は思わず笑いを零す。そして、男の子の元へ行くパルコの背中を見つめる。
 思えば、この山にいる間、パルコの背中を見たことなかった。

「ねぇ、君、お父さんやお母さんとはぐれちゃった? チョコあるけど食べる?」
「……たべる」

 パルコの手からチョコを受け取った男の子は、まだ目に涙を浮かべているけれど、先ほどよりも安心しきったような顔に変わっていた。

 人当たりがよく、警戒心を与えないパルコは、接する人に安心感を与える不思議な力を持っている。
 こんな夜遅くに一人で山を歩いている男の子にとって、パルコの存在は何よりも強い味方だ。

 男の子の手を繋いだパルコが、私の方へと戻って来る。

「ねぇ、ヨッカ。この子、下の休憩所にいるご両親を置いて、一人で先に進んだんだって。最初は楽しかったけど、だんだん一人で心細くなって、歩けなくなったんだってさ。どうする?」
「そっか。ねぇ、君。一緒に登る? それとも、一緒に戻って、お父さんとお母さんに会いに行く?」

 男の子は一度目は首を横に振り、二度目に首を縦に振った。

「うん、決まりね。パルコ、体力は大丈夫?」
「え、私は大丈夫だけど、ヨッカはいいの? その……」
「こんな小さな子、放っておけないでしょ」

 私が言うと、パルコは「さっすがヨッカ」と指を鳴らした。

 今の時代は、善意が善意として受け取れないこともある。何か裏があるのではないかと危惧されて、逆にバッシングを受ける対象になってしまう可能性だってある。
 なら、見知らぬ他人のことは無視して、自分だけを守って生きていけばいいと思っていた。

 けれど、それは何も変化の起こらない人生を歩むことだ。確かに楽で安逸的に生きられるかもしれないけど、それでは私の心はどんどん凍てついて、しまいには何にも心を動かさなくなってしまう。

 ランニング愛好会を否定するつもりはないけれど、部活をやっていた時みたいに心が熱くならなくて、高校時代の自分と比べて何かと本気で向き合うことを避けるようになっていた。

 私とパルコと男の子――ミネくんは話しながら、一つ前の休憩所に向かって歩き始めた。私たちに両手を握られているミネくんは、学校で起こった楽しいこと、お父さんとお母さんと休みの日によく遊びに行くこと、など、嬉しそうに自分のことを話してくれた。
 そして、ミネくんと一緒に歩きながら、休憩所に辿り着いた。休憩所に着くや、ミネくんのご両親が私たちの方へと走り寄って来て、ミネくんのことを抱き締めた。

「本当にありがとうございます」

 ミネくんのご両親から大袈裟だなと思うくらいにお礼を言われた。

 パルコは笑みを浮かべながら、「無事にミネくんを送り届けることが出来て良かったです」と何でもないように言った。その一つの対応で、パルコが普段から慣れているのだと察することが出来た。

 ミネくんとご両親は、それでもまた山を登り始めるまでずっと頭を下げ続けていた。私とパルコは、三人が手を繋いで休憩所を離れて山を登る姿を、手を振りながら見送った。
 三人の姿が見えなくなり、私はふっと手を下ろして、スマホを開いた。

 初日の出まで残り一時間半ほど。ここから頂上までは、パルコと一緒に登ることを考えると、どんなに急いでも二時間は掛かるだろう。

 また、ダメだったか。

 けれど、今回はミネくんをご両親と合わせることが出来たから良かった。もう一度タイムループをしたとしても、私とパルコはミネくんの手を取ることを選ぶだろう。ミネくんのことを知ってしまったから、余計にそうせざるを得ない。

「ヨッカ、初日の出見れないよね。ごめん、私がミネくんに声掛けたから」
「何言ってるの、パルコ。パルコは絶対に良いことしたんだから、謝ることなんてないよ。今回は間に合わないかもしれないけど、登れるとこまで登ろっか」
「……なんか、ヨッカ変わった?」
「あははっ、何それ」

 確かにタイムループに巻き込まれるようになって、同じ時間を何度も何度も繰り返したことによって、私の心に逆にゆとりが生まれたかもしれない。でも、根本的には変わっていない。もしこの山から抜け出すことが出来たら、私は前と同じ生活を歩むはずだ。

 だから、これは新年にだけ気持ちを新たにする人と同じだ。「私は変わらないままだよ」、と言うと、私は急斜面に向かって一歩踏み出した。「やっぱ変わったって」、そう小さく言いながらパルコも一緒に頂上目指して歩き出す。

 しかし、山を登り始めたところですぐに、私とパルコは機械的な音と共に眩い光に包まれた。

――④へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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