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心地よい揺れに体を委ねながら、私とパルコは山を登っていた。
どんどんと後ろに流れていく景色を車の窓越しに眺めていると、先ほどまでの苦労がなんだか嘘みたいに思えてしまう。
「ねぇねぇ、私たち絶対新鮮な体験してるよね」
膝を抱きかかえながら座るパルコが、私の耳にコソコソと話しかける。
ミネくんたちを見送って山登りを再開しようとした時、私たちは車のヘッドライトに照らされながら、小さくクラクションを鳴らされた。後方に目を向けると、車の運転手である新出さんに「君たち、初日の出見に行くのに今からじゃ間に合わないだろう。よかったら頂上まで送ってくよ」と声を掛けてもらえた。
最初の山登りで車に追い越されたこともあったけれど、まさかその車とここで会えて、送ろうかと提案されるとは思わなかった。
私とパルコは二つ返事でお言葉に甘えることにした。
これなら流石に初日の出まで間に合うはずだ。
ここに至るまであまりにも長く、不可思議な出来事ばかりだった。
パルコの言う通り、新鮮な経験だ。
私は首を縦に振りながら、
「うん、ほんとに新鮮そのものだよね。――まさか私たちがタイムループに巻き込まれるなんて、さ」
「え?」
私の言葉に、窓に目を向けていたパルコは、私の方を向いた。その目は大きく開かれていて、何を言われたのか分からないと言いたげだ。
「た、タイムループって何のことかな?」
「もういいよ、パルコ。パルコもタイムループして、今は六回目なんだよね」
とぼけようとするパルコを、先んじて制す。
「すっかり騙されたよ。だって、パルコ、ずっと変わらないんだもん」
「いつ、気付いたの?」
「六回目」
そう、パルコが一緒にループしていると気付いたのは、まさに今回だ。
最初はパルコが全然顔に出さないから分からなかった。しかし、最初の「あけましておめでとう」が毎回毎回微妙に異なっていることに、六回目になって違和感を抱くようになった。
パルコの行動も言動も、毎回違っているのは分かる。だって、私が違う行動をしているのだから、私に応じた行動を取っていくのは当たり前だ。しかし、もし本当に私だけがタイムループしているなら、最初の挨拶だけは同じでなければならないのだ。
パルコはゆっくりと自分の太ももに顔を埋めていく。
「だからね、今回はパルコに色々かまをかけてみたんだ。そしたら、パルコは私の予想を裏付けるような返事ばかりしてくれたよ」
たとえば、「また男の子が泣いているね」と私が言えば、パルコは「あ、本当だ」と答えた。「今回は間に合わないかもしれないけど、登れるとこまで登ろっか」と言った時も、『今回は』という部分に全く触れず、珍しい私の反応の方に驚いている様子だった。
その他にも裏を取れるような些細な言葉を、山を登っている間に散りばめていた。
パルコは裏表のない性格をしているから、どこかでボロを出すとは思っていたけれど、
「まさか全部拾ってくれるとは思わなかった」
やっぱりパルコは私の予想を超えて来る。けど、それがパルコらしい。
しかし、笑う私に対して、パルコは自分の太ももに顔を埋めたままだ。
「ごめん、私が変なこと願ったばかりに……、ヨッカは別に私と同じ気持ちじゃないのに」
一番初めに山を登っていたことを思い出す。ずっとこの時間が続けばいいのに、と確かにパルコはそう願いたいと言っていた。
この山の逸話自体が、初日の出を見なければ山から抜け出すことが出来ない、というものだからだ。
だから、パルコの願いは、初日の出を拝もうが拝むまいが、年明けと共に山を踏み入れた瞬間に叶うことが保証されたものだった。
太ももに顔を埋めるパルコは、子供の頃からずっと見る反省する時に現れるクセそのものだった。
そんな姿を目の当たりにしてしまったら、
「いいよ」
顔を上げたパルコと視線が合う。今にも泣き出しそうな瞳に真っ直ぐに見つめられると、ちょっと照れて来る。
「別に怒ってるわけじゃないんだよ。まぁ、最初はこの山の逸話が実現するなんて思いもしなかったけど、結果的にはパルコとたくさんいることが出来て楽しかった。そもそも人の心を私がコントロール出来るわけじゃないし、パルコの願いは……純粋に嬉しかった」
最後の方は、窓の外を見ながらボソボソと言ってしまった。「……ヨッカ?」、パルコが首を傾げて、半身分だけ私との距離を詰める。普段本心を言い慣れていない私は、これ以上言い寄られないように、「てかさ」と敢えて話を変える。
「私こそごめん。自分のことに気を取られ過ぎて、パルコのこと無視した時があったよね」
「それは仕方ないよ。だって、その時は私もループしてるって思ってなかったんでしょ? そうしたら、一人で抜け出さないとって思うよ。私もヨッカの立場だったら、絶対そうだと思うし」
「いやいや、でも、冷静に考えればちゃんと分かったはずだよ。だから、ちゃんと謝らせてよ」
「えー、別にヨッカは悪くないって」
こうして二人で言い合っている内に、どちらともなく「あはは」と笑い声が漏れた。いつの間にか笑う度に互いの肩がぶつかり合う距離だった。
昔、私とパルコと私たちのママ達と一緒にドライブした時のことを思い出す。後部座席に座っている私とパルコは、前の席にいる二人に何だか話を聞かれたくなくて、お互いに身を寄せ合って声を押し殺しながらヒソヒソと話したものだ。
パルコも同じだったのだろう、「なんか懐かしいね」と耳元で囁いた。「うん」と頷くと、更になんだか笑みが零れた。
これから初日の出を見たら、私たちはまた別の道を歩まなければいけない。お互い別々の大学に通い、その後は就職活動したり、実際に働いたり、もしかしたら結婚して子供も生まれるかもしれない。
でも、交じり合わなくなるということは、ない。
お互いの立場や環境が変わっても、想いがあればきっと――。
「おーい、二人とも。もうすぐ頂上に着くぞ」
運転をしてくれた新出さんが私たちに声を掛けてくれた。
「はい、ありがとうございます」
私とパルコは声を揃えて言う。
そして、車が止まり、私たちは外に出る。
私たちの前に広がる景色は、何も遮るものはなく、遠くの山まで見えている。地平線には淡いグラデーションが広がり始めていて、現実にいながらどこか幻想的な景色だ。
「そろそろだね」
「うん」
私とパルコは当たり前のように手を繋ぎながら、ずっと待ち望んでいた自然の摂理に目を向ける。
このしんと静まって張り詰めた空気に、少しだけ伴なう温もりが新たな何かを生まれることを想起させる、特別な時間を、私は生涯忘れない。
<――終わり>

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