MENU

[小説]素顔を晒して①

 ***

 ――目が覚めたら、そこは不思議な国でした。

 ファンタジー要素を伴なう童話によくありがちな、物語の始まり方。

 何度も何度も読み触れて来た決まり文句ながら、見知らぬ土地に立った主人公の身に何が起こるのだろうと、早くページを捲りたいという衝動に駆られるものだ。
 古今東西ありとあらゆるファンタジーに触れ、そのことを嬉々と語る私は、「清美って、ほんと本好きだよね」と周りから言われることが多い。実際その通りだと思っている。自分でも度が付くほどの本好きだと認めている私は、まだ大人の年齢に至っていないことをいいことに、よくファンタジーの世界に行くことを夢見ていた。いわゆる異世界転移というものに、恋焦がれていた。

「だけど、本当に起こるなんて思わないよ……」

 いくら夢見ていたとはいえ、あまりにも現実離れした景色を目の前にしてしまうと、私の身も心も竦む。夢は遠くから見ているからこそ楽しいのだと、現実を突きつけられた気分だ。

 見渡せど見渡せど、見える景色は樹海。不安を駆り立たせる動物の鳴き声、背筋を凍てつかせるような不穏な空気。

「不思議すぎるでしょ、流石に」

 余裕を持ったような独り言に聞こえるかもしれないけれど、私の胸中は穏やかではない。
 このまま樹海に放置されたら、私の命はすぐに尽きてしまう。

 今まで触れて来たファンタジーノベルの知識を総動員した。だけど、ダメだ。どの知識を使おうとしたところで、空想は空想。私に特殊能力があるわけでもないし、奇跡的に突破口を見出せるわけでもない。すべて現実的ではなかった。

 太陽を見ようとするも、生憎の曇り空。大方の方角が分かれば、この樹海から抜ける道しるべになったのかもしれないのに、この方法も潰れた。

 転移したのもどうやら着の身着のままで、今の私は何も持っていない。

「あれ、これ詰んだ……?」

 あらゆる可能性を考慮しても、この樹海から抜け出す方法を見出すことが出来なかった。

 どうしよう。私にはまだやりたいことがたくさんあるのに。

「君、大丈夫かい?」
「ひっ」

 思わずカエルの鳴くような鈍い声が、私の口から漏れた。

 顔を包帯でグルグル巻きにした人物が、私の前にいたからだ。その声色から男性だということが窺えた。

 包帯男は、苦笑を交えながら頬を掻く。

「僕を見た人は、みんな同じ反応をするんだ。でも、このままでいることを許してほしい。この国で、僕の顔は異物そのもの。顔を晒せば、国中から忌み嫌われるようになってしまうからね」
「は、はぁ」

 私は頷くことしか出来なかった。ここにいる理由も頭の中で整理が付いていないのに、包帯男の事情を慮る余裕などない。

 先ほどまで樹海を抜け出すことだけが問題だったのに、目の前にいる包帯男が敵か味方かという問題まで生じてしまった。

「ついてきて。君の世界まで案内するよ」
「私の世界って……、あなたは何を知ってるんですか?」

 私にとってまだ敵かどうかも判断していないというのに、包帯男から発せられた言葉がまさに蜘蛛の糸そのものに感じられ、私は無心に縋りついた。
 一方、私の縋りつく心境に反して、包帯男はやんわりと首を横に振った。

「期待しているところ申し訳ないけれど、僕も詳しくないんだ。だけど、君みたいな人に出会うことが多くて、そういう人達から話を聞いたところ、僕が住む世界とは違う世界があることを分かったんだ」
「ああ、そういうことですか」
「それで、この国に古くから残ってる禁忌を元に考えると、この樹海を抜けて僕らの住む町にある神殿に行く必要がある」
「禁忌?」

 その言葉に心臓が跳ね上がったのを感じた。危険が伴なうから禁忌として扱われているのではないか。
 しかし、私の心配をよそに、包帯男はまるで既に見て来たかのように確信を伴なって言う。

「ざっくり説明すると、他とは違う世界に迷い込んでしまうから、神殿の奥に足を踏み入れてはならないとされているんだ」
「なんだ、別世界から来た私にはピッタリな条件ですね」

 禁忌と言われたから身構えてしまったが、さすが異世界だ。こういうところは、ご都合主義に感じられる。帰る方法があることに、胸をホッと撫で下ろした。

 だけど、私の楽観的な希望は、次に語る包帯男の言葉によって容易く打ち砕かれてしまう。

「そう簡単に事は進まなくてね。手順を間違えてしまうと、異空間に閉じ込められてしまうんだ。異空間に閉じ込められた者は、この世界にも新しい世界にも行けなくなってしまう」
「つまり、実質的に死ぬってこと……?」

 包帯男は静かに頷いた。

「しかも、その詳しい手順も知らないと来ている。わざわざ禁忌を犯してまで異なる世界に行こうとする者はいないからね。利点があるのは、君みたいに異なる世界からやって来た者だけだ」

 禁忌に足を踏み入れたことで、もしも自分の身に何か起こったらと考えると、前に進む足が竦んでしまう。

「どうしようか? もちろん無理強いはしないけれど」

 あくまで包帯男は、選択を私に委ねようとしてくれている。

 暫し私は考える。
 考えた結果、仮にここで包帯男の言葉を無視してもこの広大な樹海の中を一人で生き抜く自信はない、という当たり前の事実に至った。

 選択肢が何もない私は、

「分かりました。ついて行きます」
「ありがとう」

 と、包帯男の後に従うことにした。

――②へ続く

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

コメント

コメントする

目次