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[小説]素顔を晒して④

素顔を晒して①

素顔を晒して②

素顔を晒して③

 ***

 ――目が覚めたら、そこは。

「うっ」

 その後に続く、この状況を適切に表現できる言葉を、僕は持ち合わせていなかった。自分の中の語彙力が著しく少なくなっていることに、否が応でも気付かされる。

 いや、語彙力だけではない。どうしてここにいるのか、僕はそもそも何者なのか。
 全てのことが不明瞭だった。

 状況判断をするため、周りに目を向ける。僕は荘厳な雰囲気を醸し出す空間にいるようだ。

 記憶の片鱗にも引っかからない場所だった。何とか思い出そうとしても、頭の中が靄が掛かったように何も浮かんではくれない。

 一つだけ分かるのは、

「……誰か来る?」

 唯一残っている思いを手繰り寄せようとした時、誰かの足音が耳に響いた。
 皮肉にも、誰かの足音を聞いて思ったことが、僕の中に唯一残っている思いだった。

 ――僕の姿を、誰にも見られてはいけない。

 根拠も何もない思い。それが正しいのか、また正しいとしてどう実現するのか、迷い逡巡するも足音はどんどんと近付いて来る。

 僕の手には偶然にも包帯が握られていた。咄嗟に浮かんだのは、この包帯を顔にグルグルと巻けば、誰にも顔を見られることはないということだった。

 そう思った僕は、気付けば包帯を巻くことにした。

「おわっ、こんなところに?」

 突然の来訪者は、目を見開かせたと同時、純粋に驚いた声を上げた。驚愕した声を上げられたものの、そこまでの嫌悪感は示されなかったので、表に出さないように安堵の息を漏らした。

 それから僕は彼と打ち解け、神殿と呼ばれるこの静謐な空間の秘密を聞いた。何でもこの空間には、望む者を異空間へと誘う力があるらしい。しかし、方法を間違えれば、二度と外の空気を吸うことの叶わない亜空間へと飛ばされてしまうため、禁忌として伝わっているらしい。

「知らずにいたのか? 迷わなくて良かったな。ほら、俺達がいるべき場所はここだ」

 神殿を抜け出すと、この街について説明してもらった。

 多種多様な見た目をした種族が住んでいたが、自身の顔を知る者は誰もいないらしい。どうやら、この世界には自分を写し出す方法がないのだ。他者の反応を見て、自分が周りに溶け込んでいるか否かを知ることが出来る。

 そして、もしも周りの中で明らかに異なる容姿を持つようだったら、獲物として認識され、言葉にするもおぞましい仕打ちを受けるらしい。

「もう一つ注意しておくべきことがある。壁の向こうの樹海には近付かないようにするんだ。樹海には時折化け物が現れるらしい」
「一から説明してくれて助かったよ。えっと、君は?」
「お前が好きなように俺のことを呼べ。それがこの世界でのルールだ」

 結局名前も知ることのなかった彼とは、この最初の出会いの後、再会することはなかった。

「……樹海、化け物」

 彼と別れた僕は、樹海について無性に気になっていた。どうしても僕には無関係でない気がしたのだ。だから、僕は彼の忠告を破って樹海へと出向くことにした。

 樹海の奥へと進むと、とある生命に出会った。
 町で見る者とは違い、守ってあげたくなるような華奢で弱々しい姿をしていた。当然、化け物というイメージには到底結び付かない。

 その姿を見て、一つ呼び起こされたことがある。

 ――この存在を守るために僕は生まれた。

 記憶も何もないくせに、すでに最初から僕の心の中にあったかのようだ。そして、不思議なことに、突然現れた存在を助けるためには神殿に連れて行く必要があることも直感的に分かった。

 心を突き動かす衝動に身を委ね、僕は彼に声を掛けた。

 しかし、包帯に覆われた僕の姿は、彼にとって化け物のように思えるようだ。
 善意でもって接しているのに、彼は僕を拒んだ。
 拒まれたとしても、僕は何度も樹海に足を運び、か弱い存在を助けようとした。

 いつも結果は変わらなかった。誰であろうと、僕の姿を一目見た瞬間に顔を恐怖に歪めた。こうして拒まれることが、何度も何度もあった。
 酷いときは、純粋に信じるフリをして従って来ながらも、町の前まで辿り着いた瞬間に手のひらを返すように攻撃をされたこともあった。

 何を信じていいか分からなくなってしまった。
 助けたいと思う存在からも攻撃され、町にいても顔を隠し続けなければならない僕は、一体何者なのだろう。

 自分自身を見失いかけた。

 だけど、それでも僕がやるべきことは変わらない。

 樹海で迷い込んだ者を助ける。

 それだけが、僕という存在を確立させる道しるべのようだった。

 否定され拒まれながらも、僕は何度も樹海に足を運んだ。

 そんな中、僕はキヨミと出会った。

 最初は不審そうな表情を浮かべていたキヨミだったが、最終的に僕の言葉を信じて、ついて来てくれた。樹海から国に向かう道中、色々と話が弾んだのは初めてだった。
 僕の全てに変えてでも、必ず帰らせてあげたいと思うようになった。

 そして、神殿の前に辿り着き、あと一歩といったところで――、

『ごめんなさい。やっぱり私はついて行くことが出来ません』

 いつもと同じ結果が待ち受けていた。

 キヨミも僕のことを信じられなくなってしまい、背中を向けるようになった。

 予兆はあった。
 この国に入った瞬間から、キヨミの顔も体も強張るようになった。この国に住む者達の容姿と特性に恐怖心を抱いてしまったのだろう。

 そのことを分かっていながらも、神殿にまで辿り着くことを優先させてしまい、僕はキヨミへの配慮を忘れてしまっていた。樹海から従ってくれたことへの過信もあった。

 神殿の前で一人立ち尽くしながら、僕は考える。
 離れていくことは慣れていた。いつもと同じ展開だ。けれど、一つだけ違ったことがある。

『ありがとうございました』

 そうキヨミはお礼を言ってくれた。
 その言葉一つで、キヨミが心優しい人間だということが分かる。

 ここで追いかけて行っても、キヨミから更に冷たい目を向けられることは分かっていた。自分が傷つかないためには、深く追わない方が懸命だ。

 それでも。

「どこにいる、キヨミ」

 僕は必死にキヨミの姿を探して走った。

 しかし、キヨミが去った方角に行っても、キヨミを見つけることは叶わなかった。僕が動揺した時間が長かったことに加え、キヨミの足は思いの外に速かった。

「あいつら、今日も上玉を捕まえてたな」
「羨ましい限りだ」

 そんな時、僕の耳に下世話な声が響き渡った。
 あいつらが誰を指し示し、上玉が何を指し示しているかはすぐに分かった。

「どこに行った?」

 僕は彼らを問い詰める。

 普段とは異なる必死の剣幕に驚いた彼らは、「あ、あっちだ」と指を向けた。僕はその方角に向かって、迷いなく走る。

 キヨミを助けるためなら、なりふり構っている余裕はなかった。

――⑤へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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