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一人でいると、様々な感情が押し寄せて来る。悔しさ、悲しさ、時には目を背けたくなるような醜い感情もある。押し寄せる感情の波に呑まれていたら、溺れて壊れそうになるから、音という形で吐き出していく。
これが俺のストレス解消というべきか、俺という人間を保つために必要不可欠な儀式みたいなものだった。
どんなに世界が暗く見えたとしても、ドラムを叩く前と叩いた後では、世界が瞬く間に変わっていた。
けれど、
――俺は今日限りでこのバンドを辞める。
基樹がいなくなった時の記憶が、まるで今もなお目の前に基樹がいるかのように鮮明に俺の脳裏を襲い続けている。
俺は基樹のことを、良い仲間であり、良いライバルだと出会った時からずっと思っていた。
同じ高校に通いながらも、基樹は高校生とは思えないくらい真剣に楽器に向き合っていた。D・S・Eに勧誘した時も、場数を踏むためだと言っていた。そんな基樹を見ていると、自然と刺激を受けていた。
けれど、高め合える関係だと思っていたのは俺だけで、基樹は違っていた。
一人でも道を切り開くことが出来る基樹は、D・S・Eだけに留まらず、他のバンドにも顔を出して自身のスキルを磨き続けた。そして、多くの人の心を震わせるような演奏が出来るようになっている。
同じバンドを組んで活動していた時、基樹は何度も俺のことを励ましてくれた。基樹にとって俺という存在は、対等な人間ではなかったということだ。
俺は何をしていたのだろう。どれほど本気で向き合っていたのだろう。行なえなかった過去を、どれほど悔やんでも意味なんてない。
今の俺に出来ることは、たった一つ。
ひたすらに叩く。
――榛也。お前、ドラムの才能あるよ。
「うるさい」
叩いて、叩いて、
――足りないのは、経験と度胸だけだな。
「何だったんだよ、あの言葉!」
叩いて、叩いて、叩いて、
――大丈夫だ。たくさんステージに立って、たくさん人前で演じていけば、全部備わっていく。俺も一緒にやるから、お互いに頑張ろうぜ。
「裏切られたんだ、俺は!」
叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、
「俺は絶対にプロになる! 夢を諦めねぇ!」
叩き続けた果てに、俺の理想があると信じて――。
いったいどれほどドラムに時間を捧げて来ただろう。
気付けば大学もおざなりになり、たくさんのスタジオやライブ会場に足を運ぶようになっていた。そして、そこでドラムが必要そうなグループに声を掛けては、必死にドラムを叩いた。
自主練習だけじゃ物足りなくなって、たくさんのスタジオやライブ会場に足を運ぶようになった。そこで多くのステージに立つ経験をさせてもらい、並大抵のことでは乱れない心臓を手に入れた。
大胆な心を手に入れると、不思議なことに、周りがよく見えるようになった。安定感のあるドラムでバンドを支えながら、ライブの成功へと導いた。助っ人として参加しただけのバンドから、ぜひ仲間になってくれ、と言ってもらえる機会も増えた。だけど、まだ経験を積むべきだと判断した俺は、首を縦に振ることはせず、続けてドラムだけに向き合った。
本当に成功するためには、技術が必要だ。
俺にはドラムの技術が備わっていたかもしれないけれど、ステージに立つための技術――否、人前で堂々と自分を曝け出す技術が備わっていなかった。
俺には新たな環境に飛び込むことを嫌いとする傾向がある。だからこそ、高校に入学してからすぐにバンドを組めばいいものの高校三年になった時にバンドを組んだし、基樹のように他のバンドに飛び込み参加をすることはなかった。
それでは、人前に立つ経験が少なくて、心臓に毛を生やすことが出来ない。
俺が先にやるべきことはこれだった。
本気でやりたいことなら、誰もが目を見張るほどに大きくたくさんやるべきだったのだ。
なのに、俺は中途半端にやったからこそ、そこで満足して、それ以上を望まなくなってしまった。
もう俺は今までの自分に満足したくない。限界を超えてでも挑戦しなければ、俺は何も変わらない。
いつか俺という人間が奏でる音を白日の元に晒すために、今日も俺はスポットライトの下で、この心臓の高鳴りを力強く音に変えていく。
<――終わり>
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