MENU

[小説]糸と金①

 ***

 私――細田紡の平日の流れは、だいたい決まっている。

 朝六時半に目を覚ますと、簡単に身支度を済ませ、テレビで朝のニュースを見ながら朝ご飯を食べる。私のお気に入りのニュース番組のコーナーは、最近話題の四人組男性アイドルグループ『カリキュレーター』のメンバーが日替わりでトレンドの場所やアイテムを突撃レポしていくコーナーだ。鎌足くん、引地くん、割崎くん、升掛くんという個性豊かなメンバー一人ひとりに合わせてユニークに紹介していき、金曜日には全メンバーが出演するというファンにはたまらない構成になっている。しかし、お気に入りのコーナーであるにも関わらず、最後まで見ることも叶わず、七時四十分前には家を出なければいけない。
 徒歩八分にある最寄駅に着くと、私と同じように通勤するために電車を待つ人でホームは溢れかえっている。深夜遅くまで呑んでいたのか明らかな疲れ顔を浮かべているおじさんサラリーマンや、私と同年代であるはずなのに充実した表情を見せているOL、この時間帯のホームにいる人はだいたい顔馴染みになってしまい、私は勝手に戦友のように思っている。そして、すでにギュウギュウに詰まった電車がホームまで来るや、戦場に飛び込むように、私は電車の中へと体を押し込む。
 そんな状態で出勤しているからか、会社に着く頃には、まだ仕事なんて始まっていないのに体も心もボロボロだ。それでも誰しもが同じ条件だからと辛い気持ちに蓋をして、なんとか仕事に挑む。総務部に所属している私は、九時から十八時までフルで会社内を走り回っている。数字のミスや発注ミス、スケジュール調整のミス、上げられないほど多くのミスによって上司や同僚から怒られるなんてザラで、その度に私は自分の無能さを突きつけられていく。一緒の部署で働く同僚や、隣の営業部で働く先輩のことは、あまりの眩しさに目を背けてしまうほどだ。
 それでも、なんとか食らいつくように仕事をこなしながら一日をやり過ごすと、家に帰る頃にはだいたい十九時半を越えている。帰宅ラッシュに巻き込まれながら自宅の最寄り駅に辿り着き、改札を出てようやく――。

「――はぁぁぁあ」

 私はホッと一息吐くことが出来るのだ。

 先ほどの息苦しい車内から一転、夜の冷たい空気が私の中に入って来る。

 一日の内で、私は夜が一番好きだ。しんと静まった夜に浸っていると、今日摩耗した細胞も修復され、私という存在が満たされていくような感覚に満たされる。

 この幸せな時間を満喫できるのも、あと三時間弱。一日の内の、たった八分の一の時間だけれど、この時間が私の唯一の楽しみだ。

「今日はどこまで出来るかなぁ」

 家でやりたいことを思い描きながら、駅と家の間にあるスーパーに立ち寄る。料理を作る時間も、メニューを考える時間も勿体ないから、私はいつもの惣菜コーナーの総菜を買い物かごに入れた。あとは、冷蔵庫の中にジュースやお茶、あとアイスがなくなっていたから、追加で購入して家に帰る。

「ただいま」

 誰もいない家に帰ると、流れるように買って来た惣菜をレンジで温める。その間に、ササッとシャワーを浴びる。シャワーを浴び終わると、いつでも寝ても大丈夫なように寝間着に着替える。
 ここまでこなすと、時間は八時を少し過ぎた頃になっている。

 この後の私の時間を阻むものは、何もない。

「んー、幸せー」

 私はリビングのソファに腰を下ろすと、自然と声が漏れた。たった三時間とはいえ、私がやりたいことを何でも出来るなんて、贅沢な時間だ。

「いっただきまーす」

 私は惣菜を食べながら、タブレットの動画アプリを立ち上げる。私の夜のお供に流す動画は、もちろん『カリキュレーター』が出演する動画だ。公式チャンネルから出ている、ライブ映像や公式PV、メンバーの裏話や日常を切り取った動画、更にはドラマやバラエティなどのテレビ番組に出演した時の切り抜き動画もチェックするのに欠かせない。
 彼らはデビュー四年目にして、ようやく日の目を浴びて来た。けれど、まだ有名アイドルグループのように、名前を聞けば彼らが結びつくほどには名を馳せていない。デビュー半年くらいのタイミングから応援している身としては、今が正念場だと思っている。だから、動画の再生数を稼いで、彼らが日の目を浴びられる確率を少しでも上げるのだ。

 私の趣味は、『カリキュレーター』を推すこと。しかし、私の趣味はこれだけで終わらない。

「よいしょ、と」

 ご飯を食べ終えた私は、テーブルの横に置いてある編み物セットを手に取ると、昨日の続きに早速取り掛かった。

 そう、私の些細な趣味は、編み物によるハンドメイドだ。

 私が編み物をするようになったのは、小学校の頃からだから、編み物が趣味になってから長いこと時間が経っている。編み物に興味を持ったのは、お祖母ちゃんがひたすら毛糸で編み物をしている姿を見たからだ。

 ただの毛玉だったのに、お祖母ちゃんの手に掛かると、お店で売っていても不思議ではないくらいに素敵な作品が出来上がる。
 お祖母ちゃんのことをまるで魔法使いであるかのように尊敬し、私はお祖母ちゃんから編み物の教えを請うた。お祖母ちゃんは嫌な顔一つせず、嬉しそうに私に教えてくれた。
 お祖母ちゃんと隣に並びながら編み物をする空間は、そこだけ現実世界から切り取られているのかと錯覚するほど、穏やかな時間だった。体感的には時が止まっていたのではないかと思うくらい時間なのに、一息ついて時計を見ると、瞬く間に時間が流れている。

「面白いね、お祖母ちゃん」

 それから私の趣味はずっと変わらずに編み物になっている。

「多分誰にも理解されない趣味だろうけど……」

 特に同年代の女の子からは正気を疑われてしまうだろう。

 娯楽が溢れ返りすぎている今のご時世で、わざわざ編み物を趣味にする若い女子は数少ないだろう。

 編み物だけではなく、私が推してる『カリキュレーター』にしたって、もっと有名なアイドルでも推すべきだと言われることは容易に想像できる。

 きっと私は他の人と感覚がズレているのだ。

 でも、誰からも賛同を得られなくたっていい。
 こうして趣味に没頭している時間が、私にとって幸せな時間だ。
 この好きな時間で、私は明日一日生きられるエネルギーを心に足していく。

「さて、と」

 今宵寝るまでの間に、私はどこまで毛糸を編むことが出来るだろう。完成形は冬に使えるマフラーを目指しているのだけど、この調子なら今年中に完成するはずだ。

『きっと出来るさ、諦めなければ』

 回していた動画から、ちょうど鎌足くんがメインで歌唱するシーンが流れて来た。カリキュレーターの中でも元気がトレンドマークな鎌足くんは、見ているだけでこちらも元気が貰える。

「ふふっ、頑張ろ」

 マフラーの完成を思い描きながら、私はどんどんと手を動かしていった。

 これが、私の一日のサイクルだ。

――②へ続く

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

コメント

コメントする

目次