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[小説]狂って、想って③

狂って、想って①

狂って、想って②

 ***

 世間的にも人気のあるバンドに所属していて、作詞作曲の才能にも恵まれ、孤高の人としても憧れを抱かれている京花だが、当人の自己評価は低いものとなっている。

 その理由は、京花の前身バンドでもある『SEED』にまで遡る。京花がSEEDとして活動していたのは、今から五年ほど前の高校時代のことだ。

 一般企業に勤める両親の元、京花はのびのびと過ごして来た。ある程度の自由を許された中、京花はネットやテレビなどを通じて音楽にのめり込むように触れ、気付けば自分でも作詞作曲をするようになっていた。
 初めて作詞作曲ともに完成させたのは中学一年の頃で、周りからは「天才だよ」と囃し立てられた。自分の中に才能を見出した京花は、更に作詞作曲に励んで、多くの楽曲を生み出した。

 そして、高校に進学した京花は、音楽が出来る友達を集めて『SEED』を結成した。SEEDでは、京花がボーカルを担い、作詞作曲も京花一人で行なう――、つもりだった。

 京花の予定は、冴えない同級生の男と出会ったことで崩れ落ちた。

 その人物は、京花の中では暗く地味で無口なクラスメイトとして認識しており、ハジメという名前だった。
 ただのクラスメイトとしてではなくハジメという人間として京花が認識するようになったのは、バンド練習が終わったある日の放課後、教室で一人居残っているハジメの姿を見た時のことだった。

 夕暮れに染まる教室で一人寂しくヘッドフォンで何かを聞いているハジメを見て、京花はある企みを思いついた。
 同世代の男がどんな音楽を聞くのか、リアルな状況を把握してみたいとという軽い気持ちが生じたのだ。もし男子高校生の流行が分かれば、作詞作曲の幅も広がるかもしれない。

「ねぇ、何聞いてるの?」

 ハジメの耳からヘッドフォンを外し、京花は自分の耳に装着する。
 瞬間、京花は自分の世界が足元から崩れ落ちるような感覚を得た。

 作曲する立場になって、それが既存の曲か未だ世に出ていない曲か、瞬時に聞き分けることが出来るようになっていた。ハジメが聞いていた楽曲は、明らかに後者だった。

 ――力強く荘厳でいて、人の気持ちに優しく寄り添う、相殺されるはずなのに共存された世界。今までに出会ったことのない曲だった。
 軽い気持ちで聞いたことを、京花は後悔した。

 京花のプライドは、根こそぎ折られた。
 この時、京花は才能の有無を認めてしまった。

 同い年の十五歳なのにここまで完成された世界を持っているのかと、京花は驚きを隠せなかった。
 自分が奏でていた曲は音楽にすらならなかったのだと、そう痛感させられた。

 悔しいのは、京花の中で言葉が洪水のように押し寄せて来ることだった。目の前にいる人間が作り上げた世界観に刺激され、感化されようとしている。
 ハジメが作った音楽を最大限活かすための言葉を、ズタボロにされた頭で、必死に手繰り寄せている。

「あ、あの」

 恐る恐る肩をつつかれて、京花は現実に戻った。

「も、もう、い、いいですか」

 片耳だけヘッドフォンを外した状態で、ハジメの声を聞いた。
 華奢な体。細い声。自信がなさげな態度。なのに、ハジメが築き上げる世界は、本人の性格とは正反対で力強い。それでいて、やはり本人の性格を現したように優しい。

「これ、何?」
「ぼ、僕が作ったんですけど……」

 予想していた答えは、京花の心を容赦なく乱す。

「この曲、どうするの?」
「ど、どうす、どうするって……。べ、別に、何も」

 つまり、この曲は自己満足のためだけに消費されてしまうということだ。もったいない、と素直に思った。
 ハジメが作った音楽は、もっと多くの人が聞くべきものだ。

「私ね――」

 気付けば、京花はハジメに自分のことを語り、SEEDのデビュー曲として使わせて欲しいと懇願していた。

 最初は謙遜しつつ渋っていたハジメだったが、京花は舞い乱れる言葉をハジメの旋律に乗せて諳んじると、最終的には自分の名前を出さないことを条件にして頷いた。

 京花はすぐにネットに投稿した。これがSEEDとしてのデビュー曲になった。

 ハジメが奏で、京花が綴った曲は、瞬く間に世間から認められた。作詞作曲共に称えるようなコメントが多く寄せられた。しかし、多く称えられる中でも、作曲の方を褒め称える方に軍配が上がっていた。

 分かっていた結果だった。けれど、自分よりも称えられているハジメの才能に、京花は嫉妬した。
 かろうじて音楽を続けようと思えたのは、京花には天才的な作詞センスがあったからだ。もし作詞にさえも才能がなかったら、今の京花は間違いなく存在しなかっただろう。

 京花の荒れ狂う心境を除けば、華々しい駆け出しだった。

 しかし、順風満帆に思えたSEEDのデビューだったが、予想だにしない問題が襲い掛かる。
 その問題は、繊細なハジメは一曲の楽曲を生み出すのに、かなりの時間を要してしまうタイプだったということだ。

 人々から認知され続けるためには、楽曲を出し続けなければならない。
 歌詞を綴ると同時、否が応でも京花が曲を作らされることになった。元々その予定だったから、問題はない。

 ないはずなのに、京花の心は、いつも何者かに追われているかのように切羽詰まっていた。

 拷問だった。SEEDとして曲を作り出そうとする度、ハジメが奏でた旋律が京花を阻むのだ。

 誰に聞いても完璧だと評価されるハジメの楽曲は、京花にとっても理想そのものだった。

 越えられるわけがなかった。
 デビュー曲以上の衝撃を世間に与えることが出来なかったSEEDは、解散を余儀なくされ、自然と人々の記憶からも姿を消した。

 結局SEEDを組む中で、京花とハジメが合作で作った曲は、デビュー曲のみだった。
 だから、京花は自分自身に対して、自己評価が低くなってしまっている。

 幸いなことに、歌声と歌詞のセンスを評価された京花は、高校卒業間近に、現在のプロデューサーによって『破蕾』としてデビューすることになった。
 破蕾を組むようになってから、京花は過去の幻影に囚われないように没頭した。周りから評価され、好きな音楽から離れることなく、天才作詞家と謳われ孤高のボーカリストとしての立ち位置を手に入れた。

 けれど、ダメだった。どうしてもハジメが作り上げた理想を振り払うことが出来ずにいる。

「……どうしたら」

 今日も誰もいない防音室の中で、没頭して新しい世界を見出そうとしていた京花は、椅子の背もたれに全体重を預けながら嘆く。

 歌詞は何となく思い浮かんでいた。けれど、その歌詞を彩るための最高の旋律が、京花の中から生まれない。締め切りまで残り一週間もない今、京花の心は焦るばかりだ。

 こういう時、京花は自分の才能のなさを呪う。もちろん完全にないわけではない。しかし、京花が求める理想には全くと言っていいほど追いついていないのだ。
 その証拠に、『破蕾』について調べると、京花が書き綴った作詞について褒める言葉に対して、京花が奏でた作曲に関して褒める言葉は圧倒的に少なかった。

 京花自身も、妥当な評価だと思っていた。

 あの日あの夕暮れに聞いたハジメの曲が、京花にとって原点であり頂点だ。京花の評価の基準は、どうしても過去からのスタートとなってしまう。
 あの曲を超えるような曲を作れていない自覚が京花にあるのだから、周りの評価を批判する気にもなれない。

 天才を超える歌詞を綴れども、天才を超える曲は見出せない。

 どうしたら天才の域に達することが出来るのだろう、そのことばかりを考えて音楽活動に励むようになった。しかし現実は悲しく、自分の才能のなさに歯噛みしつつ、狂ったように独り没頭したとしても、理想の世界には至れない。

 それもそのはずだ。

「私はあいつの真似事をしているだけだもん」

 自覚している分、余計に質が悪かった。

 もしも才能の無さに気が付いていれば、きっと目を瞑っていられたことだろう。けれど、現実は違う。才能がある者は、自他問わずに才能の有無を見極めてしまう。

 いつも理想を超えられない自分の才能のなさに、辟易する日々が続いた。
 想像の範疇を遥かに超える理想の音楽を、京花は常に求めてしまっている。
 世の常識を脱するように狂った生活を送ろうとも、到底理想には至ることが出来ない。

「……ん?」

 他の侵入を許さない部屋の中、一つの虚しい電子音がパソコンから響く。この部屋に置いてあるパソコンのアドレスは、たった一人の人物からの受信しか許諾していなかった。

 京花はガバッと体を起こし、机に置いてあったヘッドフォンを耳に装着、その勢いのままパソコンのモニターにかぶりつくように近付いた。
 本文を開き、添付されていたファイルも開く。

 そこから、美しい旋律が流れる。繊細で、荘厳で、自由。息が詰まるほど集中して聞く。

 五分十六秒なんて、あっという間だった。

 ザァーッというノイズを耳にしながら、京花は暫く放心したようにパソコンの画面に映る自分を見つめていた。けれど、そこに思考も何もない。打ちのめされるような感覚の余韻を、味わっているだけだ。
 送られてきた曲は、優しくて、自由で、どこか胸が締め付けられるような感覚にさせる。普通に生きていたら出会えないような感情を、他人にも体感させることが出来るのは、まさしく天才の所業だ。

 どれくらいそう過ごしていただろう。五分十六秒という何倍の時間が経過しても、余韻から抜け出すことが出来ない。

「――」

 しかし、少し遅れたように京花の中を言葉が押し寄せてくると、ようやくハッと我に返り、もう一度再生ボタンを押した。

 この世界の煩わしさとは一線を画した世界が、変わらずそこにあった。
 繊細な旋律を彩る歌詞が、浮かぶ。浮かんでは、もっと至高の言葉を探して、更に潜る。たったの一語、否、たったの一音さえも、この曲に相応しい言葉を探していく。

 曲が終わる予兆のノイズを感じ取ると、京花はすぐさま再生ボタンを押した。何度も何度も繰り返し再生する。そのたび、相応しい言葉を掴み取る。次第に、再生ボタンを押すという指一つの挙動さえ途中から煩わしくなって、エンドレスでリピートされるように設定した。

 何百回繰り返し聞いただろう。

 この曲に相応しい歌詞を諳んじることが出来るほどになって、ようやく理想の世界から離れる心構えが京花の中に生まれた。それでも限界までこの世界から離れることを惜しむように、ゆっくりとヘッドフォンを外して現実に戻る。

 ここでようやく一息つくと、

「ほんと、むかつく」

 そう悪態づく京花の表情は、あからさまに破願していた。

――④へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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