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[小説]狂って、想って①

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 都会の町並みから少しだけ離れた閑静な住宅街の、とある家。

 その家は一見すると、普通の一軒家だ。広めの庭があることから子供が自由に遊び、たまの休日にはその庭でBBQを行なって、家の中でも常に談笑が絶えず、優雅な音楽を空間に響かせながら一日を過ごすような、そんな絵に描いたような幸せそうな家族が暮らしている――、この家の外観を見ると誰もがそう連想するだろう。
 だけど、実際は違う。

 ――この家には幽霊が住んでいる。

 そう噂されることが多かった。

 その理由は単純明快。
 近隣住民でさえ、この家に出入りする人を見たことがないからだ。

 誰が何人住んでいるのかも分からず、住んでいたとして何をしているのかも分からない。ここの住宅街に何十年も住んでいる人間でさえ、一度も顔を見たことがない。
 それほどまでに、一見すると華やかで幸せそうに見える家とは正反対である生活感のなさが漂っている。
 立派なのは外側だけ、中身は空っぽそのもので、まさしくもぬけの殻と表現するに相応しかった。

 住宅街の住民が不気味がっているのは、それだけじゃない。
 家の近くを通ると、時折一定のリズムを刻むような地響きが起こってしまうのが、更にこの家への不信感を募らせる。といっても、その地響きなようなものも微かすぎて、家の前を歩く人でさえも気のせいだったのかと流してしまうほどではあるのだが、不信感が募っている状態ではどんな些細な事象でさえも、更に不安感を増幅させるための要因になる。

 もし仮に、本当にこの家の中で人が暮らしていたとしたら、その人は狂人そのものだろう。

 だから、この家の前を通る時は下を向いて通り過ぎることが、近隣住民の間で決まりとなっていた。

 近隣住民はこの家の存在を無視することで、何もないこととしたのだ。実際のところ、存在が奇妙なだけで、周りに実害は与えられていない。しかし、関わってしまうことで、余計な面倒事を生み出してしまうのは得策ではないだろう。

 結局のところ、住民の間で共通していたのは、面倒事に巻き込まれたくないという自己保身だけだった。

 ###

 噂の家の地下、周りに音を漏らすことさえ許諾されない密室の中。常人であれば気が狂いそうなほど静かで何もない空間で、独りの人間が一枚の紙に向き合って、何かをひたすらに書き綴っていた。
 そして、急にペンを止めたと思うと、すぐ横にあるピアノに座っては鍵盤を叩き出す。その表情は楽しさとは全く別物の表情であった。

――②へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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