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あの日から周りの僕を見る目は変わった。
期待の眼差しから、失望の眼差しへ。尊敬の眼差しは、畏怖の眼差しへ。やがて僕に関わる人は少なくなった。
自然、嫌でも目立つこの大きな体を少しでも目立たなくさせるために、背中を丸めて俯きながら過ごすことが多くなった。なるべく人と話すことも避けるようになっていった。
結果的に、図体だけが大きい、臆病なでくの坊が生まれてしまった。
もう三年近く前の出来事だから、忘れたっていいし、切り捨てたっていいのに。
「どれだけ弱いんだよ、僕は……」
僕は膝に顔を埋めながら呟いた。
この高校で、あの日の出来事を知っているのは二人だけ――、僕と、怪我をさせてしまった張本人である大弥だけだ。
全治二か月の怪我から復帰した大弥は、復帰してからより熱心に部活に励み、中学校の中でエースストライカーとしての地位を確立させた。いや、大弥の実力は僕らの母校だけで収まることはなく、都のベストイレブンにも選出されるほどになった。
周りの同学年と比べても小さな背丈を見ると、誇らしく思うと同時、一抹の申し訳のなさも抱いてしまう。
もし僕が怪我をさせなければ、大弥の身長はもっと伸びて、誰も手が届かないほど有名なプレーヤーになることも出来たのではないか。
大弥は根っからの明るい性格をしていて、僕が怪我を負わせたことなどなかったかのように気兼ねなく接してくれる。
しかし、未だに上手く割り切ることの出来ない僕は、勝手なたらればを想像しては、謝罪の念を心に染み込ませ続けている。
大弥は僕と仲良くしてくれるけれど、本心はどう思っているのだろう。きっと周りと同じくでくの坊だと思っているに違いない。
その何よりの証拠が、この水道のコンクリートの向こう側に大弥がいることだ。
陰で罵る声が、僕の耳を劈いていく。やめてくれ、と心の中で必死に叫ぶ。
そんな時――、
「それ、違うぞ」
否定する声が響くと同時、少しだけ空気が変わった。離れた場所にいる僕でさえも、息がしやすくなるような感覚を抱く。
そっと目線だけ向けると、声を上げていたのは大弥だった。
「小学校から一緒だけどさ、あいつは優しい奴だよ。周りに気を使い過ぎて、本来の自分を曝け出せないだけだ。本気出した風太は、すごい」
大弥の声音からは、偽りがないことが伝わって来た。
「やれば出来るよ、風太は」
「まぁ、大弥がそこまで言うなら……」
大弥の真っ直ぐな声に、声を静めていくチームメイト達。そして、そのまま興が醒めたようにその場から去っていった。実際、休憩時間もあとちょっとで終わりで、そろそろ部活に戻らなければいけない時間でもあった。
コンクリートの向こうから人の気配がなくなったことを確認すると、僕は「はぁ――っ」とずっと溜め込んでいた分、大きな溜め息を吐いた。スッキリした心持ちで、晴れ渡っている空を見上げる。
まさか大弥があんな風に僕のことを思ってくれているなんて思いもしなかった。
良くしてくれるのは表向きだけで、裏では僕のことを嫌っているという僕の前提は間違っていたということか。
僕は自分の考えで勝手に判断してしまうことが多い。大弥の一件然り、あの時だって――。
「てなわけだから、遠慮すんなよ」
「わっ」
頭上から降り注ぐ声に顔を上げれば、そこには大弥がいた。
「な、なんで……」
「最初からそこにいるのはバレバレだったぜ」
屈託ない笑みを浮かべる大弥は、人との隔たりなんていとも容易く壊してしまう。
「風太の過去を知っているのは、ここには俺しかいない。もう昔みたいに本気出したっていいんだぞ?」
「……でも」
大弥の提案に素直に頷くことは出来なかった。
僕が本気を出したところでたかが知れているし、頑張ったところで何も変わらない。お祖父ちゃんの言葉は、僕には適さない。
「じゃあ、なんで高校でもわざわざサッカー部に入ったんだよ」
思考が止まる。
「俺達の中学では、部活に所属するのが当たり前だった。だから、サッカー部に居続けたことは分かるよ。でも、この高校では任意なはずだ。風太もサッカーやりたかったからじゃないのか? だったら本気でやれよ。本気でやらないと、部活に入った意味がないだろ」
「それはそうだけど……」
大弥は痛いところを指摘してくる。言い逃れは出来なかった。どんな言葉を用いたとしても、聞き苦しい言い訳になってしまうのは、誰よりも自分が分かっていた。
「何度言ったか分からないけど、もう一度言わせてもらう。あの怪我は風太のせいじゃない。俺のせいだ。プロの世界では、怪我をする人間は下手な人間の証拠なんだぜ。上手かったら、怪我なんてしない。いや、そもそも触れさせることすらさせない」
そう語る大弥の目は、ギラギラと輝いている。遠く離れた獲物を狩るかのような、獰猛な瞳だ。
同世代のプレーヤーと比べても、大弥は抜群に秀でている。プロという響きも、大弥が
語れば現実味が伴なっている。
「それをいつまでも引きずられていたら、俺が下手だという烙印を押されて馬鹿にされているように思える」
「そんなつもりはないよ!」
この時初めて僕は力強く大弥の言葉を否定した。
都のベストイレブンにも選出された大弥を下手だと言える人間がいるのなら、出会ってみたい。というよりも、そもそも僕が大弥のことを馬鹿にするなんてあり得ない。
「じゃあ、本気出せよ。やれば変わるだろ」
大弥は軽く拳を突き出した。コンクリートよりも上にある大弥の手。その手に僕の手を重ね合わせたら、何かが変わる。そんな感覚が、僕を襲う。
恐る恐る僕は手を伸ばそうとしたけれど、
「ミニゲーム、楽しみにしてる」
ニヤリと笑みを浮かべた大弥は、校庭の方へと戻っていった。僕の手は何も触れることが叶わず、虚空を彷徨った。僕はゆっくりと手のひらを眺めた。
同年代に比べて大きな手のひらが、僕の目に映る。
僕が願って手に入れたいものは何だろう。
中学入りたての僕は、レギュラーになるとか自分の力を誇示したいとか考えていたけれど、今の僕にはそんな理由はない。やれば出来る、とも思っていない。
そんな僕がサッカー部に居続けるのは、単純にサッカーが好きだからだった。
今は好きなことに堂々と胸を張れる自分が、切実に欲しかった。
<――④へ続く>
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