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[小説]運命の道②

運命の道①

 ***

 紆余曲折がありながらも、本島の東半分を巡り終わった。残すところもあとは、

「西日本だけ、か」

 この日本一周も半分ほど終わったと思うと、感慨深いものがあった。

 自転車を使って日本一周を始めた時のことを思い出す。

 楽しそうだから、という理由で始めた日本一周だった。しかし、ただそれだけが理由で始めたわけではない。

 俺は元々保育園で働いていた。子供の面倒を見ることが好きだったし、体力には自信があったから、子供と遊ぶことも雑務もこなせると思っていた。それ以上の理由に、俺の過去――忙しかった両親のせいで、親の愛を受けることなく、託児所に預けられた過去がある。

 保育園にいて両親と離れている時間に、寂しさを感じている子供の助けになれればいいと思って、俺は働いていた。

 しかし、昨今の少子化の流れによって、勤めていた保育園が閉園してしまった。

 周りの職員達は、次の就職先を斡旋されていたのに、俺だけ声が掛からなかった。後々知った話だが、過度に子供たちに尽くしていた俺は、保育園の中で煙たがられていたらしい。

 職を失った俺は、就職活動を行なった。求人がある保育園に片っ端から電話を掛けてみたが、悉く断わられた。一般企業に応募もして、面接をしてもらったが、「一般常識がなってない」と冷たく社会性を否定された。

 そこで俺は社会に役立つような人間ではないことを悟ってしまい、誰にも迷惑を掛けることのない大胆な挑戦をしようと思い立った。

 俺の心が奮い上がるものは何だろうと思った時、自転車で日本を巡ってみたいと思った。

 これが、俺が自転車というアナログな方法で日本一周を目指すようになった理由だ。

 そのことを周りの友達に言うと、

「お前、さすがにそれは無茶だろ」

「仕事が見つからなくて、自棄になってるだけだって」

「貧乏なくせに、メシとか宿とかどうするんだよ」

 と言われた。「もう少し頑張れば、仕事も見つかるさ」という能天気な言葉もあった。

 仮にどこかに就職出来たとしても、俺には能力も教養もない。だから、頑張って頑張ったところで、結局はぞんざいに扱われる運命なのだ。

 早めに自分の行き着く運命に気付けてよかった。お陰で、俺は自分が好きなように生きることが出来る。

 俺は必要最低限の荷物をまとめて、自転車のペダルに足を掛けた。まだ朝日も昇っていない時間だった。そんな明け方の時間だというのに、俺を止める声があった。

 片足を地面に着け、振り向いた先には、俺の人生の中で一番仲の良い友達がいた。こいつだけは言葉だけの慰めじゃなくて、俺が次の就職を決められるように実質的なサポートもしてくれていた。

「本当に行くのか?」

「ああ、何度言われても答えは変わらないよ」

「もう少ししたら、俺の会社を興せる。そしたら、俺と一緒に働こうぜ。俺が思い描く理想の会社には、お前の力が必要なんだよ」

 小学校の頃からの付き合いがある親友の言葉だ。多分、こいつは間違いなく実現してくれるだろう。誰よりも人に対しても自分に対しても誠実で、有言実行するような人間だと知っている。

 だからこそ、俺は。

「応援してるよ」

 一番の親友の声も振り切って、旅に出た。

 未練も後悔も振り払うように、俺はペダルを漕ぐ。

 次にこの町に返って来るのは何か月あとになるかは分からない。何年後、いや、そもそも帰って来ない可能性だってあるのだ。

 けれど、自転車に乗って、風と一つになっていると、そんな感傷もどうでも良くなってきた。

 知らない道を進み、新しい町に出会い、そこに住む人と話す度に、新しい自分を見つけることが出来た。

 我ながら無謀にも思った挑戦だったが、おかげで良い経験が出来た。日本一周をしなければ、自分の可能性を閉じ込めたまま生きていくところだった。

 様々な経験により、心は温かくなっているが、

「さすがに資金もなくなるか」

 それに反比例して懐事情は冷たくなっていた。

 節約はして来たつもりだが、ここぞとばかりに郷土料理などを食べていれば、貯金が減るのも当然だろう。

 仕事があった時も、大量の貯金をしていたわけでもなく、給料ギリギリのラインで暮らしていた。

 日本一周を成し遂げるためには、ここらへんで少し資金を貯めておきたい。

 Y字路に立たされた俺は、頭上の看板を見上げて、少しばかり考える。右に書かれた町の名前は聞いたことがなかったが、左の町の名前は繁華街として名を馳せている。

「とりあえず左に行ってみるか」

 有名な町に行けば、人もいる。その分、仕事も溢れているはずだ。

 そこである程度稼いだら、また日本一周の旅に出ればいい。

「多分、あいつに言ったら、無鉄砲だろって怒られるんだろうな。……でも」

 ――何でも出来る。

 今の俺を満たしているのは、そんな自負心だけだ。

「よし」

 地面を蹴り、ペダルを踏み込むと、次の目的地に向かって進み始めた。

――③へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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