MENU

[小説]運命の道③

運命の道①

運命の道②

 ***

 世の中というものは、行き当たりばったりで渡り歩けるものではない。
 自分一人で衣食住を完結出来るなら何とかなるかもしれないが、自給自足する力がないのであれば、その前提は崩れてしまう。
 人は他者と関わり合って、持ちつ持たれつになってこそ、生を営むことが出来るのだ。

「……本当に大丈夫なのかよ」

 辺りも暗くなった中、俺は唯一の光源とも言えるスマホに表示されているマップに従って、自転車を転がしていた。

 有名な繁華街に足を踏み入れた俺だったが、結局仕事を得ることが出来なかった。
 ここでお金を稼ぐことを諦めて、次の町に向かおうと思ったが、ネットの掲示板に書かれていたとある仕事に目が止まった。

 仕事内容は簡単だった。

 ――コインロッカーに閉まってある荷物を、指示された目的地まで運び、依頼人に届けること。

 住所的にも今いる繁華街から近かったし、手渡した依頼人から現金で十万円も貰えるのはありがたい。

「受けないわけがないよな」

 手っ取り早く稼いで、早く日本一周の旅を進めたい。

 一刻も早く旅を再開して、色んな土地を巡り、美味しいものを食べ、日本一周を果たして、そして――、

「……そして、どうなるんだ?」

 日本一周をした後のイメージが湧かなかった。

 いわゆる今は非日常の状態だ。
 けれど、いつかは日常に戻らなければならない。元いた場所に帰るという選択肢はない。なら、ここまで東日本を回って来て、身を投じたい場所に巡り合えたか。いや、ない。この先、西日本を回ったところで同じことの繰り返しだろう。

 非日常を終えたら、俺はどうやって日常を生きるのか。

 分からない。掴みようのないモヤモヤとした感情が、俺の首を絞めて、息を出来なくさせようとしている。

 悶えて、苦しくなって、このまま闇に呑み込まれてしまいそうで――、

『――目的地に到着しました』

「……あ」

 スマホのマップ案内が終了して、俺はブレーキを握った。

 依頼で指示された目的地は、コンテナがひっきりなしに立ち並ぶような、常人が好き好んで訪れることがないような場所だった。

「本当にここであってるのかよ」

 思わず、独り言を呟く。

 わざわざこんな静かな場所を指定するなんて、どんな物好きなのだろう。指定された荷物だって、「これだもんな……」片手で容易く持ち上げられるほどの小包は、バックパックに入れても何も感じないほどに軽かった。傾けても、音すらならない。

「これ渡して金貰ったら、すぐ移動だ」

 約束の時間まで、残り十分ほど。隙間時間を埋める手段がない俺は、必然的に先ほど考えていた問題の続きが押し寄せて来る。

 一度問題に苛まれてしまえば、その問題が解かれるまで縛られてしまうのが、人間の心理。俺の胸中には、疑問符と焦りと不安しか宿らなかった。

 楽しそうだからと始めたことだけれど、今ここにいることの意義が分からなくなる。
 街灯もないような暗い場所で危険に身を陥らせてまで、本当にやるべきことなのだろうか。否、本当に俺のやりたいことなのだろうか。

「……あれか?」

 俺の思考を遮るように、車のエンジン音が聞こえた。現実に戻る。今は仕事をこなすことを考えろ。旅の先に何があろうと、今お金が必要なことには変わりはないのだ。
 この荷物を渡せば、終了だ。

「っ」

 俺は手に持っていた小包をその場で放り出して、自転車を思い切り漕いだ。

 まるで人目を阻むような漆黒のボディを見て、直感的に分かった。あの車の中にいる人物は、フィクションの中でも激しめのジャンルに分類される人種だろう。そんな危うい世界に、俺は気付かない内に片足を突っ込もうとしていた。
 対面で手渡したら、俺はきっと無事に帰ることは出来ないだろう。

 だから、

「逃げろ逃げろ逃げろ」

 その言葉ばかりが脳を占める。脳内に溢れる単語に突き動かされるように、ペダルを漕ぐ足が速くなっていく。

 どこに向かうのだろう。
 この道の先には何があるのだろう。
 分からない。今はそんなことどうだっていい。
 裏側の世界に引っ張られないなら、何だって良かった。
 とにかく逃げろ。逃げるんだ。それでいい。先のことは後で考えろ。
 まさに火事場の馬鹿力と言わんばかりの速度で、俺は自転車を漕いでいく。
 急く心に反し、体は追いつかなくなり、ペダルから足が外れるような感覚に苛まれた。

「――や」

 やばい、と思った時には、もう遅かった。

 バランスを崩した俺は自転車から身を放り出され、宙を舞っていた。

――④へ続く

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

コメント

コメントする

目次