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現代は超情報社会だ。特にEDENというアプリが出て三十年、時が経つ程に情報が溢れかえっている。EDENを経由して情報を集めなければ、たちまち情報弱者となる。
だけど、スマホを手放して五年が経つ俺は、だんだんと情報に置いて行かれる人間になっていた。EDENを使っていないというと、周りから稀有な目で見られた。
俺は惑わされることはなかった。自分で望んで得た結果なのだから、周りの意見に惑わされることはなかったのだ。すぐにそんな視線に慣れてしまった。
今ではどうしてあんなにEDENに溺れていたのか分からない。
生まれてからずっと傍にあったEDENを手放したのには、理由がある。
俺に変わるキッカケを与えてくれたのは、潮という一人の人間だ。
EDENを知らず、スマホさえも知らない潮は、まさに俺とは違う世界で生きる人間だった。
たった半日にも満たない時間で感じた潮の評価は、純粋で良い奴ということだった。色んな物事に真っ直ぐで、瞬間瞬間を生きている潮は、キラキラと輝いて見えた。
俺は少しでも潮の見ている景色が見たかった。
だから、EDENと共にスマホを捨てた。
スマホを叩きつけた、あの瞬間。あの瞬間が今でも忘れられない。
爽快感はあったけれど、俺が強烈に憶えているのは、それだけではない。
あの瞬間、確かに俺の前に天使が現れて、微笑みかけて来たのだ。
世界には俺と天使だけしかいないような、贅沢な時間。そんな幻を見た気がした。
あれが現実の出来事かどうかは分からない。
俺に未練を持たせるために、エンゼルくんが最後の力を振り絞って見せた幻か。それとも――。
答えを追求するつもりはなかった。多分考えても答えは分からないだろう。
この話は誰にも言えずに秘めている。
というよりも、誰かに言えるわけがない。スマホを叩き割っただけでもヤバい人間扱いなのに、どうして天使を見たと言えるだろう。完全に頭のねじが飛んだ奴だと思われてしまう。
けれど、あの日から、俺は自身の心身の変化を感じ取っていた。
心のモヤが晴れて、いつもスッキリしているような感覚に満たされているのだ。直感が冴えわたっているような気がしている。
自分で考えるようになって、色んな物事をしっかりと確認するようになったからだろう。
俺はEDENを崇拝レベルで絶対視してしまい、何か問題が起こってしまうかということは想像さえもしていなかった。俺は若かったのだ。
EDENに頼ることなく、活き活きと充実して過ごせる生活は、本来のあるべき姿のようにも思える。
心が良い人間というのは、良い景色を持っている。EDENを捨てて分かった現実だ。
潮が見ていた景色を、俺はいつ見ることが出来るのだろう。分からない。
それでも、少しずつ潮の景色に近付いているような気がした。
<――終わり>
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