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[小説]走った先は②

走った先は①

 ***

 秋の夕暮れ時に走ると、爽やかな風が身を撫でて、どこまでも走れそうな気になる。トレーニングということを忘れて、己の限界に挑戦してみたい。

 ジョギングする足を自然と弾ませていると――、

「調子良さそうっすね、イッキ先輩」

 俺と並走していた後輩の莉久に、何でもない雑談を交わすように声を掛けられた。

 莉久は俺と同じく高身長だ。今年の指定大会が終わる頃は中学生の平均身長だったのに、夏が終わった頃から急に伸び始めて、今や俺よりも身長が高くなっている。二人で並んでいると、たまに高校生かと間違われることが多い。

 急激に成長を遂げた莉久は、ここ最近走り方も変えて来ていて、長いストライドを活かして距離を稼ぐスタイルになっている。

「この時期に走るの好きなんだよ」
「あぁ、分かります。火照った体を、風が冷ましてくれるのが気持ちいいっていうか」
「だろ」

 莉久が成長してからずっと一緒に練習をしているからか、走り込みながら気軽に言葉を交わし合えるくらいに仲良くなった。

「あの二人、大きいから高校生かと思った」
「段原中のジャージ着てなかったら、分からなかったわ」

 すれ違った主婦たちが、俺達のことを話しているのが耳を捉えた。

 中学生から外れた身長を持っていると、些細なことから多大なことまで影響を与えて来る。
 今みたいに興味本位の噂話をされたり、高校生料金を求められそうになったりするのはまだ可愛い方なのだけど――、

「体、大丈夫か?」

 急激な変化は痛みを伴なうものだ。それに、急に大きくなった体に慣れることも難しい。

 実際、去年の俺は急激な成長痛に苛まれて、指定大会で満足なタイムを叩き出すことが出来なかった。全力で走りたいのに走れない、というのは想像以上にメンタルを蝕んでいく。莉久にはそんな思いを味わって欲しくなかった。

 しかし、俺の思いとは裏腹に、「平気っすよ」と呆気にとられるほど軽々しく答えた。

「大きくなると世界が違って見えますよね。今、俺楽しいっす。確か、イッキ先輩も経験したんですよね?」
「ああ、中学一年の割と序盤の方にな。140から173まで伸びた。体、すげーバキバキになったよ」
「そんなにすか。すげー」
「俺より高い奴に言われても嬉しくもなんともない」

 互いに高身長とはいえ、莉久の身長は178と俺よりも5センチほど高い。入学したての時から149センチと平均を超えていたのに、更に成長してしまった。

「イッキ先輩、次こそは俺と一緒に全国大会に行きましょう。段原中学の高身長コンビって言われたら面白いですよ」

 無邪気に無謀な提案を掲げる莉久は、まるで自分の才能を疑っていない。

 身長が伸びる以前も莉久は早かったが、身長が伸びたことによって更に磨きをかけた。もし莉久と全力で長距離を競い合えば、十中八九、俺は負けるだろう。鬼に金棒という言葉がある通り、まさしく莉久は金棒を手に入れたわけだ。

 気付かれないくらい小さく息を吐くと、

「だな。ってか、お前はもう全国行くこと前提なのかよ」

 と、走る莉久に体を寄せた。

 中学校最後のシーズンまで、残り半年もない。
 残りの期間で、俺はどこまでタイムを伸ばすことが出来るのだろう。
 本番に何が起こっても標準記録を超えられるくらい、自分自身を仕上げていかなければ。

――③へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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