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[小説]Let’s PARTY,Let’s DANCE④

Let’s PARTY,Let’s DANCE①

Let’s PARTY,Let’s DANCE②

Let’s PARTY,Let’s DANCE③

 ***

 私がダンスをする理由はなんだろう――。

 ダンスを極めようとする度に、いつも脳裏に疑問がよぎる。

 私の夢は、ダンスのプロになることだ。ダンスでご飯を食べていけるように、いつも練習して技術を磨いたり、体も鍛えたり、振り付けを自分で考えたり、更にはSNSで動画をアップして、ダンスに身を投じている。いつかは渡米して、今よりも本格的にダンスをしていきたいという思いもある。
 けれど、私は時おり分からなくなる。その根幹を支える思いは、なんだっけ。

「皆、準備はいい?」

 水緒の声で私は現実に戻った。

 私は水緒と涼乃に挟まれて、肩を組んでいた。これから始まる本番に向けて、気合を入れる直前だったことを思い出す。

「ちゃんと準備をした私たちなら、特にこの半月間頑張った私たちなら、必ずお客さんを楽しませることが出来る。絶対に盛り上げるぞーっ!」
「おーっ!」

 水緒の声に合わせて、私以外の部員皆で足踏みをした。ワンテンポ遅れて、私も足を踏み出した。
 熱血とか想い出よりも、私は結果を重視するタイプだ。だからこそ、まるで青春に身を捧げる若者みたいな行動は、何度経験しても慣れることは出来なかった。

 円陣が終わると、それぞれ舞台袖に向かう。
 私たちが立つステージには今、別のグループが立っている。そのグループはかくし芸を行なっているようで良い感じに盛り上がっていることが、会場の空気から見なくても伝わって来る。

 私がダンスをする時は、いつも他を圧倒する実力を見せつけるように行なっていて、正直なところ細かいことは何も考える必要はなかった。

 しかし、今回は違う。

 前のグループのように、いや、前のグループよりも更に会場を湧かせなければならない。

 普段とは違う目的に、柄になく私はちょっとばかり緊張してしまう。

「ねぇ、璃星」

 舞台袖に立った時、水緒に声を掛けられた。

「璃星が前に出てダンスする時、本気でやっていいよ」
「え?」

 一瞬何を言われているか理解出来なかった。けれど、すぐにラスサビ前の話をしているのだと分かった。

 ラスサビ前の間奏で、私たちは会場が盛り上がるように体全体を使って扇動していく。それが最初の構想だったけれど、十二人の中から三人を選出して順番にダンスを披露する場を設けるようになった。もちろんそのダンスも、会場を盛り上げる役目がメインで、選ばれなかった九人も傍で同じ役目を果たす。
 その三人のメンバーに、部長であり言い出しっぺでもある水緒と、部内でも上位に入る実力者の涼乃と、一度は不参加を表明した私が選ばれていた。

「私たちに変な気を遣わないでいいからさ」
「なんでそんなこと言うの? 私のソロよりも、皆で楽しめるダンスの方がいいでしょ」
「それはそれ、これはこれ、だよ。それにさ、皆の中には璃星も含まれているんだから、璃星もやってよかったって思えるお祭りにしないと」
「……ほんっとに祭り好きだよね、水緒って」

 少しだけ皮肉を込めて言ってしまったのに、水緒は満面の笑みで「うん、大好き」と言った。

 あまりにも眩しい水緒に言葉を失っていると、

「次は二階堂高校ダンス部による演目です」
「行こう! 璃星、みんな!」

 私たちの番を告げるアナウンスが響き渡り、水緒を先頭にして舞台へと駆け出した。

 そして、ダンス部みんながステージに立ったと同時、祭りらしいイントロが会場全体に鳴り響いた。練習通りに、私たちはダンスをする。

 ステージに立つ水緒の横顔は、祭りの雰囲気も相まって、本当に楽しそうだった。

 時々、水緒のことを羨ましく思う。
 私は水緒みたいに純粋でいることは出来ない。一度考え出してしまうと、自分でもバカなのかと思うくらい、そのことに囚われて時間を奪われる。投じた時間分、ちゃんとした答えを得ることが出来るならまだしも、こういう場合はほとんど答えが出ない。

 だから私は、ハッキリと答えが決まっているものだけを追求することにした。
 たとえばダンスだったら、技術力を磨くという答えが決まっている。私は完璧にダンスが出来るように努力を重ねた。
 そうしないと、自分自身を赦せなくなりそうだからだ。

 私は才能のある人間じゃなくて、本当は自分の弱い部分を誰にも見せることが出来ない臆病な人間なのだ。

 しかし、水緒や他の部員たちは違う。ダンスが上手くなりたいという思いは抱えているけれど、その根幹には単純に楽しいという思いが根付いている。

 私はなんでダンスを好きになったんだっけ。

「――」

 いつの間にか一番目のサビに入っていた。誰もが一度は耳にしたことのある祭りにピッタリなノリノリな歌詞とリズム。その二つを更に相乗させるために、考えられた振り付け。二堂高校ダンス部のダンスも、心なしか勢いづいている。

 ここまでならいつも通りだ。しかし、そこで私は信じられないものを目の当たりにした。

 なんと舞台の前に立つ観客たちが、手を叩きながらリズムを取ったり、体全体を使って音楽に乗っていたのだ。中には、歓声を上げている人もいる。私たちのダンス――いや、私のダンスを通じて、こんな風に楽しそうにしてくれる姿を見るのは久方ぶりだった。

 人前でダンスをする時、いつしか人に評価させるためのダンスに変わっていた。
 大会の審査、SNSの反応、自分自身の技術力を証明するためのダンスは、私の完璧主義ゆえにそうさせていたと思う。

 けれど、今は違う。ただ人を楽しませるためだけにダンスをしている。

 何だろう、この感覚。やけに心臓が高鳴って煩い。いつもの振り付けに比べたら、運動量も少ないし、実際にまだ息も上がっていない。なのに、どうして。

 私の体を占めていく感覚の正体も分からないまま、最後のラスサビ前の間奏が近付いて来ていた。それはすなわち、もうそろそろ私のソロパートになるということだ。部長である水緒に始まり、涼乃、そして最後に私の順にダンスをする。
 私がどうダンスするかによって、ラスサビに上手く繋げられるかが関わって来る。

 ――周りを気にすることなく本気でやっていいよ。

 本番直前に、水緒はそう言ってくれた。

 きっとここでどんなダンスをしたとしても、水緒を始め部員たちは誰も文句を言わないだろう。

 だからこそ私は――、

「……璃星っ!」

 実力を惜しみなく発揮する独りよがりなダンスじゃなくて、全員を巻き込んで楽しめるダンスをすることにした。

 私がダンスを好きになったのは、キレキレのダンスをするプロのダンサーをその目で見たからだ。一目見た瞬間から、私はそのダンサーに惹きつけられて、幼心ながらにダンスをしてみたいと思った。

 けれど、そう思うようになった理由は、音楽を自分の体で体現するダンサーが綺麗で美しくて、それでいて楽しそうに見えたからだ。

 実力や成果ばかりを追い求めてしまって、いつしか心の奥底に押し込んでしまった根本の思いを思い出した。

 評価を度外視した久し振りのダンス。直感に任せた即興の振り付けに対する反応が怖くて、私は視線を上げることが出来なかった。

 けれど、歓声や拍手の音につられて視線を上げれば、私に視界に映る人は皆楽しそうにしていた。

「――っ」

 見知らぬ誰かを楽しませるダンスを、私が行なっている。

 今までに感じたことのないゾクゾクとした高揚感が、私の心を突き動かして刺激する。同時、先ほどまでの逸る鼓動の正体も、これだったと認める。

 会場のボルテージを最高潮に迎えたままラスサビに入ると、水緒の思惑通りに、観客だった人たちが簡単な振り付けをし始めた。

 拙くても、失敗しても、誰も咎めない。ここにあるのは、ただひたすらに自由。

 この場所が一つになるような感覚に、私は喜びを隠せなかった。心の底から湧き上がる衝動に身を委ね、私は更に周りを巻き込むようにダンスをする。
 水緒が祭りを好きだと言う気持ち、今なら分かる気がした。

「……みんなが一つになるって、こんなに楽しいんだ」

 願わくは、永遠にこの時間が続いて欲しい。

 しかし、ラスサビからアウトロまではあっという間に過ぎ去っていく。

 音が消えると、私たちの動きもピタリと止まった。瞬間、聞こえる音は、いつもの倍以上に煩い息の音だけだった。
 この全てを出し尽くした後の、刹那にも近い一瞬の余韻が好きだった。

「楽しかった!」
「アンコール!」

 けれど、今日はその刹那を楽しむ間もなかった。

 二階堂高校ダンス部を褒め称える声が、絶え間なく会場を覆い尽くす。私たちを賛辞するこの声が、私たちが祭りを盛り上げることが出来た何よりの証拠だ。

 しかし、残念なことに私たちは一曲分のダンスしか準備していない。こんなことになるなら、しっかりと準備しておくべきだった。

 惜しみない拍手を浴びながら、私たちは名残惜しくも舞台を後にした。

「ねぇ、水緒」

 前を歩く水緒に声を掛けると、汗だくになった水緒が振り返る。水緒がやり切ったということは、その表情から一目瞭然だった。

「純粋に楽しむって……、意外といいもんだね」

 そう屈託のない感想を漏らすと、水緒はピースサインを作った。

<――終わり>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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