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祭りというのは、ただ参加するだけでも心を震わせて、塞ぎ込んでいた気分をパーッと明るくさせるものだと思う。
私は昔から祭りというものが好きだった。「水緒は祭りに行くと、本当元気が出るね」と両親からも言われるほどだった。高校生になった今も変わらない。夏祭り、雪祭り、文化祭……、とにかく祭りという言葉を聞くだけでも、私の心はいつも喜びに満ち溢れるものだ。
だから、私が所属しているダンス部の一環として、有志を募って祭りに参加できると聞いた時は心から舞い上がった。
「今度の祭りで、ダンス部で舞台に立てるようになりました。みんな、私たちのダンスで盛り上げていこう」
ダンス部の部長でもある私が内から湧き上がる喜びを抑えられていないことは、上擦った声とホワイトボードに大きく書かれた文字によって、みんなにバレてしまっているだろう。
二階堂高校のダンス部は、全部で十二人いる。全国大会に出場出来るほどの実力者が揃ったダンス部だけど、その中でも璃星は別格だった。個人部門でも上位を取ることが出来るだけでなく、『Re:HO』という別名義を使ってネットで活動して、ちょっとしたインフルエンサーでもある。
そんな中で部長を務めるということは正直荷が重いけど、やる気だけは人一倍あるおかげで、なんとか成り立っていると思っている。
「えー、めっちゃ楽しそう」
「今からテンション上がって来た」
近くに座っている人同士でワイワイと盛り上がる。
「それで、ここからが大事な話なんだけどね。祭りらしい盛り上がる曲を入れるのは決まってるんだけど、振り付けのアイディアとかある人いるかな?」
盛り上がっていた部の空気が、シュンと萎んだのが肌で感じ取れた。
予想通りの反応に、「だよね」と内心で呟く。
ダンス部の振り付けは、いつもであれば顧問の先生が考えてくれている。しかし今回は、「大会じゃないんだから、一から自分たちで考えてみたら? いい機会だと思うわよ」と私含め部員たちに一任してくれた。
信じて頼ってもらうことは、もちろん嬉しい。だけど、私たちの中で丸々一曲分の振り付けを考えたことのある人はいない。
ダンスを披露した時に観客からどう見られるかという俯瞰能力、個々の能力に応じた振り付けの采配力、また時間もない中で仕上げる力などが、パッと浮かぶだけでも必要になる。成功した時の喜びは一入だが、もちろん失敗した時は責任も負わなければならない。そんな悪条件が重なるというのに、手を挙げる物好きはいないだろう。
だからといって、このままだんまりでいるわけにはいかない。
残り一か月半しか残されていないのだから、何としても早く決めて行動したい。ダンスの振り付けを考える時間はもちろん、完璧なダンスへと仕上げるための時間も欲しい。
しょうがない。やったことないけど、いったん部長である私がやってみるしかないか。
そう思い、声を出そうとした瞬間だった。
「水緒、ちょっといい?」
手を挙げてくれたのは、璃星だった。個人主義なところもある璃星が、こういう場で自らの意見を言おうとするのは珍しかった。
「もちろん。璃星、何かアイディアあるの?」
「その祭りのダンスの振り付け、全部私が考えてみてもいい?」
「え?」
私含め十一人の視線が注がれても、璃星は全く動じない。体育座りをしたまま、滔々と語っていく。
「なかなかダンスの振り付けを一から考えるって出来ないでしょ。私、やってみたい」
「私たちはいいけど……、璃星は大丈夫なの?」
「うん、私が今どこまで出来るのか試してみたいの。可能性を広げるためには、今のままで満足しちゃダメだと思うから」
ここまで璃星が言うなら、邪魔をするわけにはいかない。「じゃあ、璃星にお願いするね」と私が言ったと同時、璃星を除いたダンス部十一人から惜しみない拍手が注がれた。
「今週中には仕上げるから待ってて」
ダンス部一才能がある璃星とはいえ、流石に一週間は短すぎやしないだろうか。
部室にいる誰もがそう心配していたのに――、
「――っ」
璃星は宣言通りに、一週間も掛からずに振り付けを仕上げて来た。
夏祭り定番の音楽と共に、璃星が前に立ってダンスを披露する。まだ完璧に仕上がっておらず改善の余地もある振り付けのはずなのに、璃星の動き一つ一つから目が離せない。
音楽が終わると同時に、璃星がピタリと動きを止めた。
初めて考えたとは思えない振り付けのクオリティに、この場にいる皆が璃星の余韻に浸って感想はおろか息一つ漏らすことが出来なかった。
「どう? これが私が考えた振り付け」
あれだけの動きを見せたはずなのに、璃星は息一つ乱すことなく涼し気に言った。
ようやく私たちも現実に戻り、「すごい。すごいよ、璃星」と賛辞する声が口々から飛び出した。
「これなら絶対お祭りも盛り上がるね」
祭りらしい元気の出るダンスでありながら、十二人全員で動きを揃えることが出来れば、見た人全員を感動させること間違いなしだ。
前々から璃星のことをすごいと思っていたけれど、まさかここまでの才能を有していると思わなかった。
「ありがとう。練習動画は、グループチャットに送信しておくから確認しておいて」
そう言うや璃星が動画を共有してくれる。動画の中でダンスを披露する璃星は、お手本動画であるにも関わらず、洗練した動きだ。
祭り本番まで、一か月近くも残されている。あとは練習を重ねて、璃星が考えてくれたダンスを完璧に仕上げるだけだ。
大会と同等レベルに、二階堂高校ダンス部の熱は燃え上がっている。
「璃星のおかげで最高のダンスが出来るよ。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、頑張ってね」
璃星の言葉に、「うん」と頷きかけたところで止まった。なんで璃星は「頑張ろう」じゃなくて「頑張って」と言うのだろう。
そんな他人事みたいな台詞、まるで――。
私の視線の意図を察したのだろう、璃星はニコリと笑みを浮かべると、
「ごめん、私はやらないわ」
璃星は私の考えを正確に読み取って断定するように言った。
盛り上がる私たちに横やりを入れたのは、このダンスの振り付けを考えた璃星本人だった。
<――②へ続く>
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