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[小説]走った先は④

走った先は①

走った先は②

走った先は③

 ***

 たくさん努力して、自分なりに辛酸も舐めて、なのにその結果が報われなかったら、過ぎ去った月日はどうなってしまうのだろう。

 俺は全国大会に出ることを夢見て、三年間を費やして来た。
 二年前は成長痛に苛まれて全力を出すことが出来なくて、一年前は二秒の壁に苛まれて全国を逃した。
 そして、今年こそはと準備して、自分史上に走れる体を手に入れた。指定大会でどれだけのタイムを叩き出せるのか、我ながら楽しみだった。それにも関わらず、注意散漫によって怪我を負ってしまった。
 意気込んだ挙句、そもそも挑戦権すらも手放してしまうとは、なんてツイていないのだろう。

 準備すればするほど、上手くいかなかった時の落差は激しくなる。分かり易く俺は失意の底に沈んでいた。

 やり返すことが出来ない過去を思う。

 もしも、あの時俺が注意深くサッカーに臨んでいれば、こんな結果にはならなかったはずだ。迫り来る相手を綺麗に躱した俺は、そのままゴールを決める。スッキリした気分に浸りながら、指定大会に挑む。そうすれば、俺の未来は――、

「いや、ないな」

 俺はすぐに自分の考えを否定した。

 どこまで行っても上手くいかない星の下に、俺は生まれている。この十四年間以上過ごしてきて、痛いほどに分かった。だから、サッカー以外のところで結局は何かしらの失態を犯して、全国大会に進むことが出来ないのだ。 
 ならば、取り返しのつかないミスを本番でやらかすよりも、早い段階の方がまだ諦めがつくというものだ。

 全国大会に出場するという夢を諦めた俺は、部活に参加することをしなくなった。陸上競技部に顔を出したところで、どうせ走ることが出来ないのだ。意味のないことはしたくなかった。

 事実上の引退をすると、校内で他の部員と顔を合わせる度に、無理に弾ませた声で励まされた。しかし、俺の心には何も響かなかった。

 俺がどれだけ全国大会に懸けて来たと思っている。

 もしも他の部員が全国大会に出場してしまったら、俺は心から喜んであげることは出来ないだろう。自分が願っていたものを他人が得る瞬間を受け入れられるほど、俺は大人じゃない。
 だから、納得なんて全然出来ないけど更に拗らせたくないから、俺は走ることに関する全てと距離を置いた。

 なのに、

「なんで応援に来てたんだろ」

 俺の体は、指定大会が開催されている陸上トラックまで来ていた。しかも、長距離の時間帯に合わせて、だ。

 始まったばかりのトラックでは多くの人が集団になって走っている。その中で文字通り頭一つ抜けている莉久は、観戦スタンドからでもすぐに見つけることが出来る。

 降り注がれる日差しを防ぐように被っていた帽子を、更に目深に被りながら、ゴール横に設置されている電光電子板を見た。まだレースは始まったばかりだけど、このまま順当に行けば全国大会に出場出来るようなタイムだった。

 もし莉久が全国に行ったら、俺はちゃんと祝ってあげることが出来るだろうか。

「……無理だな」

 その場では取り繕ったような言葉で祝えたとしても、莉久が俺の前からいなくなった瞬間、俺は嫉妬する。

「――おおっ!」

 ちょうどレースが動こうとしているのか、一塊になっていた集団から、ちらほらと抜きんでて走り抜ける選手が現れた。まだ四分の三も距離が残っているのに、まさしく奇襲だ。もしここから今のスピードでゴールを切ることが出来れば、優勝は間違いなしだろう。

 後半にスパートを掛ける莉久にとっても、予想外の展開だ。集団の真ん中よりやや後ろを陣取っていた莉久だが、ここで離れられないと判断したのか、一度集団の横に抜けて先頭について行こうと動いた。

「莉久……っ!」

 普段とは違うスタイルを取ろうとする莉久に、思わず握りこぶしを作った。そして、自分の拳に力が入っていることに気付くと、ふっと力を抜いた。

「……ほんと中途半端だな、俺って」

 莉久が全国大会を決めたら祝福出来ないくせに、その一方で莉久がどれだけ走り込んで来たかも知っている。俺もその分一緒に走って来たからだ。だから、完全に無関心を装うことが出来ないし、莉久に頑張って欲しいとほんのちょっとでも思ってしまう。

 複雑な心境に駆られながら、俺は帽子を更に更に目深に被る。

「――あぁっ」

 その瞬間、わぁっと会場に変化が生じた。盛り上がりとも形容しがたい空気に当てられ、俺は顔を上げてグラウンドを見た。

「莉久!」

 そこには、転んで地面に体をつけている莉久の姿を目にしたと同時、俺は立ち上がっていた。

 急激なレースの変化、重なる心理的負荷、普段とは違う段階でのギアチェンジ――、様々な要因が重なって、莉久は足をもつれさせてしまったのだろう。

「なんてツイてないんだ」

 今回の大会は、莉久の中で最も仕上げて来たと言っても過言ではない。なのに、ここにきて転倒を起こしてしまうなんて、何をしても上手くいかない俺の体質が莉久にまで影響を及ぼしてしまったのか。そんな無粋な考えが脳裏を過ってしまう。

「ああ……っ」

 莉久が立ち上がれない状況でも、刻一刻と時間は進んでいく。つかず離れずを保っていた集団とも、足を怪我したハンデを抱えていなくても巻き返すことが出来ないほどに距離が開いていく。

 絶望的だった。

 もし俺が莉久の立場だったら、棄権という選択をここで選ぶ。そして、なんでこんなに上手くいかないのだろうと自分の運の悪さを嘆き、ずっとずっと後悔するのだ。
 何をやっても肝心な時に失敗する俺は、こういう時に自分がどう行動するか分かっている。

 けれど、莉久は――。

「……莉久?」

 トラック半周以上も置いていかれ、トップ集団にいたっては背後まで迫り来る勢いにも関わらず、莉久は立ち上がって再び走り始めた。

「なんでだよ」

 口から吐いたのは、疑問符。

 莉久が顔を苦痛に歪めながら走っている。
 だけど、諦める素振りはどこにもない。
 自分の可能性を信じて、長い足を前へ前へと送り出している。

 もしも俺が莉久の立場だったら、逆境に晒されてしまえば、あんな風にひたむきに走ることは出来ない。
 ただただ自分の不運を嘆くだけだ。

 昔から何をやっても上手くいかないことが多かった俺は、経験則によって、気付けば心のどこかで諦めるクセが根深く染み付くようになっていた。

 でも、本当は――、

「諦めずに行なっていれば変わっていたんじゃないか」

 少なくとも、観戦スタンドからの傍観者じゃなくて、もっと莉久のそばで力になることが出来たはずだ。

 どうして俺ばかり報われないのだろう、とずっと考え続けていた。
 その理由が、客観的に不運な出来事を見ることで、なんとなく分かった気がした。

「今の俺に出来ることは――」

 俺はスタンドの階段を一段一段と降り始めた。

「莉久の傍にいてやらないと」

 莉久にはまだ一年残されている。ここで腐らないように、似た経験をした俺が支えてあげなければ。そうしてこそ、今までの俺の努力も辛酸も無駄にならない気がした。

 莉久のゴールを一番で迎えるために、俺は怪我の痛みなんて関係なく走り始めた。

<――終わり>

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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