・月と鼈①
・月と鼈②
***
転入生という存在は、否が応でも注目されやすい。
その前提条件を除いたとしても、瑠々奈はクラスの注目の的だった。
お嬢様然とした振る舞いに、誰に対しても丁寧な対応、物腰柔らかな態度に、微笑ましい愛嬌――、瑠々奈のことを嫌う人はいなかった。
しかし、瑠々奈に良い意味で注目が集まっていたのも、たったの一か月くらいだった。
一か月ほど経てば、少しは三年二組の空気に馴染みそうなのに、瑠々奈は一向に馴染むことはなかった。お嬢様然として世間知らずな態度を崩すことはなく、時おり瑠々奈の正しさを、私にしたように皆にも求めるようになった。
最初は笑って受け入れていたクラスメイトだったが、自分たちとの明白な違いを感じ始め、少しずつ距離を開け始めた。
人は一人ひとり違う世界を持つ。住む世界が違う人とは、妥協して仲が良いフリをしたとしても、根本的に仲良くなることは叶わない。
思えば、瑠々奈が転入して来た時からそうだった。教卓の前で自己紹介をする瑠々奈のことを、私たちは同級生を見る目で見るより、憧れの対象として見ていた。
形だけの女子高に通っている私たちと、育ちのよいお嬢様しか通えない本物の女子高に通っていた瑠々奈が、同じ文化で生きられるはずがない。
だから、いつしか瑠々奈はクラスの中で孤立するようになっていた。
「……」
毎朝登校する度に、瑠々奈は自ら挨拶をしに行く。クラスメイトも、瑠々奈に挨拶を返す。毎朝の見慣れたルーティン。
けれど、それだけだ。瑠々奈と話を広げる人はいないし、瑠々奈に対して自分から挨拶をしに行く人はいない。話が合う人や仲の良い人と交わって、誰もがそれぞれの世界を生きている。
クラスの状況を毎朝観察していると、否が応でもクラスメイトそれぞれの事情が朧気ながらに分かる。
最初に言っておく。私のクラスはみんな仲が良くて、一致団結しながらひとつの物事に取り組むことが出来るようなクラスだ。
そんなクラスでも、クラスの雰囲気とは百八十度異なる瑠々奈を受け入れることが出来なかった。完全無視に徹するのではなく、必要最低限にしか関わらないという行為に留まっているのは、受験シーズンであることも一つの要因だけど、うちのクラスが優しいということは往々にしてある。
「しかし、まぁ……」
よくやるなぁ、と隣の席に座る瑠々奈を見ながら感想を抱く。
新しい環境に飛び込んだなら、一刻も早くその環境に慣れる方がベターだろう。以前のまま行動して適応出来なければ、自身の生活は困苦を強いられることになる。
けれど、瑠々奈は新しい環境でも自分自身を変えることをせず、今のように孤立してしまっても瑠々奈は自身の態度を依然として変えることをしなかった。
瑠々奈はお嬢様然とした毅然な態度で学校生活を送っているし、悪いと思ったことはちゃんと言葉にし、困っていそうな人には自ら手を伸ばしている。
いったい何が瑠々奈をそこまでさせているのだろう。
「……分からない」
どれだけ考えてみても、真っ直ぐに教卓を見つめる瑠々奈の横顔が何を思っているのかは分からない。
それも当然だ。
人はそれぞれ世界を持っている。似たり寄ったりになることもあれば、全く異なる性質を持つこともある。
私と瑠々奈の世界は違い過ぎているのだから、どう足掻いても理解することなんて叶わないのだ。
私に出来ることは、気を遣い過ぎることによって自分の世界を消耗させることがないように静観することくらいだろう。
<――④へ続く>
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