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[小説]光出づる小さき国②

光出づる小さき国①

 ***

「今日はフォン爺のところは行けないかなぁ」

 フォンによる炊き出しは、いつも人の列が絶えない。

 一連の流れとして、昼頃にフォンが作った炊き出しの匂いに駆られ、国民が列を成す。器を持参して来た国民に対して、フォンが炊き出しを延々とよそっていく。一応は時間制限を設けているのだが、ほとんどが食材の底が着いたことによって営業終了となることが多い。独自のルートがあるのか、フォンはいつも大量の食材を用意して来るが、その仕組みは知らない。深く問い詰めないことが、国民の中で暗黙の了解みたいなものだった。

「今日は諦めるか」

 長年の経験から、あの行列に並んでも炊き出しを貰うことが出来ないと早々に見切りを付けたポルタは、踵を返すことにした。
 遠目から見たフォンは、忙しそうにしているにも関わらず、充実感に満たされた表情を浮かべていた。炊き出しを食べずとも、ポルタはそれだけで十分力を受けた。

 しかし、そう思った途端、ポルタの中の腹の虫が存在を主張する。

「あー、ははっ、腹は正直だな」

 家に帰れば、オロが蓄えている食材もある。フォンの炊き出しに比べてしまえば、正直満足感は段違いではあるけれど、子供心ながら我が儘は言えないことは分かっている。

「そもそもの話、俺はオロ婆に対して感謝しかないんだ」

 チナエルで孤児であったポルタを家に迎え入れてくれたのは、オロだけだ。それ故に、この国の伝説が成就して、ポルタ自身だけでなくオロにも希望に溢れて幸せに暮らして欲しいと願っている。

 見上げた空は快晴。こんな晴れ渡った日にこそ、伝説の兆しが現れて欲しいと願っていると――、

「誰だろ?」

 ポルタの視線の先に、チナエルでは一度も見たことがない大荷物を抱えた青年がこちらへ向かっているのが確認出来た。

 チナエルで一番高い場所に上れば、一望出来るほどに小さな国だ。正直知らない人間はいないくらい、国民同士の顔は知れ渡っている。
 だから、目の前の青年が他所から来た人間だということは、容易く分かった。

 青年が歩み寄るにつれ、その顔だちがハッキリとポルタの目に見えて来る。
 整った目鼻、旅をしているには小奇麗な服に、多くの荷物を背負っている――、見るからに旅の途中の好青年と言った風貌だった。

 そして、ポルタの前に立つと、

「僕は大道芸人のロージ。色んな国や町を渡り歩いて、多くの人を笑顔にしているんだ」

 ロージと名乗った青年は、聞く者の心を掴むような、ハッキリでいて柔らかな声音で自分の身柄を口にした。

 いざロージを前にして発せられる独特な空気に、ポルタは心を掴まれるかのような錯覚を受けた。

 更にポルタがロージに感銘を受けたのは、その立ち振る舞いだけじゃない。
 ロージが語った言葉を耳にして、ポルタの心臓は警鐘を上げていた。
 ポルタは自分の中である可能性を見出していたのだ。

 それは、この目の前にいるロージこそが伝説として伝わっている人物ではないか、ということだ。

 たった数言だけであるものの、その語った言葉がチナエルに伝わる伝説を成し遂げる意味合いに聞こえたのだ。

「も、もしかして伝説の人?」

 そして、つい興奮のまま何も考えずにポルタは問いかけていた。

「伝説?」

 当然、チナエルとは無関係のロージが分かる訳もなく、ただただ首を傾げた。

 しかし、それもまた伝説の兆しなのではないかという予感を助長させた。伝説の中で、光であろうとも当の光さえも分からないと、語り継がれているからだ。
 首を傾げるロージの仕草が言外に先を促しているようで、ポルタは意気揚々と三百年語り継がれる伝説について話し始めた。

 興奮気味ゆえにたどたどしく話すポルタを前にしても、ロージは嫌な顔一つ見せずに、しきりに頷いていた。その包容力のある態度にも、ポルタは伝説の兆しを垣間見ていた。

 そして、ポルタが全てを語り終えると、

「この町で笑顔を届けたい。ポルタくん、と言ったかな。どうか僕の手伝いをしてくれないか?」

 ロージは視線を逸らすことなく、そう語りかけた。

 人当たりも良く優し気な青年、それでいて伝説を成してくれる可能性がある人物。その言葉を誰が疑い、否定することが出来るだろう。

「もちろん!」

 二つ返事で頷いたポルタを見て、ロージは満足気に笑みを浮かべた。

「ありがとう。ちなみに、この国で一番活気のある場所って、あそこで間違いないかな?」

 ロージが指さした場所は、フォンが炊き出ししている場所だった。

「そうだよ」
「あれは何をしているんだい?」
「フォンっていうお爺ちゃんが、みんなに炊き出しを配っているんだ」
「へぇ。美味しいのかい?」
「あぁ、最高だ! この国にはフォン爺が必要なんだ」
「そっか」

 ポルタの話を一通り聞いたロージは、口角を上げた。

 子供独特の純真さからか、ポルタはロージに対して僅かな違和感を抱いた。しかし、次の瞬間には柔和な笑みを浮かべていたため、ポルタは気のせいだと割り切ることにした。

 ロージは背負っていた荷物を下ろすと、ガサゴソと中を探し始めた。そして、手ごたえを感じたのか、「お、あったあった」と目当ての物を荷物の中から取り出した。

 ロージの手に握られていたのは――、

「これを炊き出しの中に、そっと入れて欲しい」

 白い物で満たされた瓶だった。

「粉?」
「そう、みんなをもっと笑顔にする魔法の粉さ。そして、君には迫真の演技でこう言って欲しい。口にした者に魔法の国を見させる粉が入っているぞー、ってね」

――③へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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