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[小説]光出づる小さき国③

光出づる小さき国①

光出づる小さき国②

 ***

 チナエルは貧しく小さな国だ。それでも、人々の心はいつも充足感に満たされていた。それは国民同士で対話があり、笑顔があり、活気があったからだ。

 しかし、その空気が今や変わりつつある。
 互いに集まって近況を話し合うような環境はなくなり、みながどこか素っ気ない。顔を見合わせることがあったとて、笑顔を見せる余裕すらない。

 チナエルが変わったキッカケを、ポルタは分かっていた。

「……俺のせいだ」

 いつも活気が溢れる要因であったフォンによる炊き出しが行なわれていたスペースは、今やぽっかりと穴が空いたように閑散としていた。炊き出しの元のスペースを避けるように、隣ではロージが大道芸を披露している。

 大道芸は、楽しいことは楽しい。しかし、始まりから終わりまで、終始ロージの独壇場だ。ロージの大道芸が終わると、人々は電池が切れたように各々の仕事に戻る。
 このような流れが、最近のチナエルの決まり事だった。

 フォンがいなくなり、代わりにロージがチナエルで不必要不可欠な存在になった理由を語るのに、ポルタの存在を取り除くことは出来ない。

 話は、ポルタとロージが出会い、魔法の粉と呼ばれる代物を受け取った日にまで遡る。

「期待しているよ」

 魔法の粉を手渡したロージは、ポルタの肩に手を置いて、そう力強く言い切った。

 ロージの言葉を疑わなかったポルタは、次の日、早速行動に出た。準備を終えたフォンが、炊き出しから目を離した隙に、ロージから受けた指示通りに魔法の粉を炊き出しの中に投じた。

 美味い美味いと食する人々を目にして、達成感を得たポルタは、ロージから言われていた次の行動を取った。すなわち、「口にした者に魔法の国を見させる粉が入っているぞー!」と一言一句違わないように、皆の前で大声で言った。
 すると、状況が変わった。転じた状況は、全くポルタが願ってもいないものだった。

 ある者は炊き出しを口から吐き出し、ある者は炊き出しをその場で捨て、ある者は炊き出しの列から逃げた。
 そして、発言者であるポルタを責めるのではなく、炊き出しを作ったフォンに対して、チナエルの民は攻撃を始めた。
 あれほどフォンを慕っていた国民は、「変なものが入った炊き出しなど食えない!」、と手の平を返したようにフォンの列に並ばなくなった。酷い場合は、物理的に攻撃を仕掛ける者もいた。

 炊き出しという機会を失った人々の前に現れたのが、ロージだった。ロージは自身の大道芸によって、怒りに満ちていた国民を笑顔へと変えた。ロージの大道芸に、人々から賛辞が注がれる。

 ロージの大道芸は、一回で終わらなかった。次の日も次の日も、人々の心を支えるように大道芸を披露した。
 結果、フォンの炊き出しに並ばなくなった代わりに、ロージの大道芸で心を満たそうと人波が集うようになった。

 どうしてロージがフォンを貶めたのか、ポルタには分からなかった。抱いた疑問は、胸の中で膨らんでいった。

「……聞かなきゃ」

 大道芸を終え、人だかりが少なくなった頃合いを見計らって、ポルタはロージを尋ねた。

「あー、お前、なんて言ったっけ。まぁ、いいや。なんだ、ガキ。俺に用か?」

 ポルタを一瞥したロージからは、興味がないことがハッキリと窺えた。ロージを尋ねたことを後悔しそうになったが、ポルタは勇気を振り絞る。

「あの粉って……」
「教えただろ。魔法の国を見させる粉だ。まぁ、国によっては犯罪一歩手前だけどな」

 魔法の粉の正体は、大量摂取することにより人々に望む幻覚を見せ、幸福感を与えるという効能を持つ物質だった。国によっては、薬物と指定される危うい代物である。
 チナエルでは珍しい物質で、出回ることはほとんどないけれど、その危険さは周知されている。

 だから、ポルタの言葉を耳にした国民達は、ポルタの発言と知識を照らし合わせて不信感を抱いた。一度抱いた不信感は、消えることはおろか、更に加速していく。美味しい美味しいと食したフォンの炊き出しはずっと魔法の粉が混入していたのではないか、という疑念がどうしても国民の中に芽生えてしまったのだ。
 困苦の中、わざわざ炊き出しを用意する理由も分からないし、今まで食したこともない味をしていることも理解が出来なかった。しかし、全て魔法の粉のせいだとすれば納得だ。
 そんな怪しい代物をどうして口にしたいと思うだろうか。フォンの炊き出しから人々の足が退いていくのは、自然の成り行きだった。

 ――もちろん、ここまでの流れは全てロージが思い描いた通りのものだ。

「娯楽を失った人間が求めるのは、更なる娯楽だ。そこに俺が大道芸を披露すれば、人々から求められるようになる。そして、そこで受け入れられることが出来れば、俺はこの小さな国で必要不可欠な存在となれる。まぁ、大道芸っていう一本鎗だけじゃ心許ないから、バレないように魔法の粉を撒き散らして、少しずつ意志を奪ってはいるんだけどな。実際その通りになっただろ?」

 ロージは自分の自己顕示欲を満たすためなら、見知らぬ土地であるチナエルで暮らす人々がどうなろうと、どうでもよかったのだ。

 大道芸で人々の興味を惹き、魔法の粉で人々の心を魅了したロージは、これから自分の思い通りに、チナエルから搾取していくようになるだろう。

「あ、あの……」

 目の前にいる人間は確かにロージなのに、初めて出会った頃のロージの姿は見受けられなかった。あまりの豹変ぶりに、ポルタは上手く言葉を告げないような感覚に苛まれる。

 違いに動揺を隠せないものの、話を聞いている内、むしろ今のロージの方が本性だったのだと悟った。ロージから不穏な雰囲気を感じたことがあったポルタだが、その直感は正しかったのだと今更ながらに思う。

 しかし、気付いた時は、すでに手遅れだ。ポルタがチナエルでやらかしたことは変わらない。

 ポルタが実質的に行なったことは、魔法の粉と称された正体不明の粉をフォンの炊き出しの中に投じて、虚言を言っただけ。それだけを切り取れば、子供の可愛い悪戯と受け流すことも出来よう。
 問題は、ポルタの行動によって及んだ実害だ。
 炊き出しに対して疑心暗鬼になったチナエルは、フォンと関わらない道を選んだ。その結果、チナエル全体に余裕はなくなった。

 足だけでなく、ポルタの全身が震えていた。その震えは、ロージに臆しているからだけではなく、自分の責任の重さを感じ取っているからだ。

「俺のこと、誰にも言うなよ。言ったら、お前を魔法の国に引きずり込んでやる」

 そんなポルタに念押しをするように、ロージは肩を強く掴む。思わず「ひっ」と喉が鳴ると、なんとかロージの手から逃れ、その場から逃げ出した。
 勝利を確信したようなロージの下卑た笑い声を振り払うように、ポルタは必死に走る。

 けれど、どこに逃げたとしても、ポルタは自分が責められている感覚を拭うことが出来なかった。

「ポルタ?」

 そして、逃げた先に出会ったのは、炊き出しの道具が積まれた荷車を引くフォンだった。チナエルの国境まで逃げていたことに気が付いて、フォンはいつも食材をチナエルの外から調達していたのかと思ったけれど、今更な疑問だった。

 荷車から手を離したフォンは、「どうしたんだ? そんな慌てて」とポルタに優しく声を掛ける。フォンは炊き出し前と変わらない態度だった。

 何も問い詰められないということは、無意識に自分を責めているのではないか。もしくは、完全に呆れられて物も言えなくさせてしまったのか――、そう罪の意識がポルタに自責の念を生み出す。

「……フォン爺、ごめん。俺が、あいつの言うことを真に受けたから」
「いや、ポルタのせいじゃないよ。遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだ」

 頭を下げたポルタに対して、フォンは笑って許してくれる。いや、フォンの口ぶりからは、そもそもポルタのことを恨んでいる由は感じられなかった。
 それでも許されたという思いは、ポルタの中に芽生えていた呪いに近い感情を、緩やかに解いてくれる。

「これからどうするの?」

 だからこそ、そうフォンに対して問いかけることが出来た。

「私は別の町に行くよ。そこで、もしかしたら温かな食事を求めている人がいるかもしれないからね」

 フォンが国境付近にいた真の理由に、ポルタはようやく気が付く。

 これまでの間、炊き出しの調達はチナエルから離れた場所で行なっていたのだろう。しかし、荷車の向きがチナエルとは反対であることから、フォンはこの町に帰って来たのではなく、この町を去ろうとしていることが分かった。

 ――今の俺がやるべきことは。

 拳を強く握り締めながら、ポルタは自分自身に問いかける。

 思い出したのは、いつしかのオロとの対話だ。

「俺も、ついて行きたい!」
「え?」
「俺もついて行って、フォン爺のために――ううん、誰かのために頑張ってみたい!」

 ――伝説に縛られることなく、自分のやるべきことをやった方がいい。

 オロの言葉はつまり、チナエルに留まる必要はないのではないかという可能性をポルタに芽生えさせた。

 一度チナエルを出て、別の町を見てみるのも悪くない。
 そもそもの話、だ。チナエルから日常を奪ってしまったポルタには、伝説を間近で見る資格なんてなかった。

「この町にいつ帰って来れるか分からないけど、いいのかい?」
「うん、大丈夫!」

 ポルタに迷いはなかった。

「分かった。じゃあ、早速行こう」

 フォンは炊き出し用の道具が積まれた荷車を引いて歩き始めた。向かう先は分からないけれど、ポルタはフォンの後について行こうと踏み出す。
 しかし、その前に一度立ち止まって、自分が生まれ育った故郷を網膜に焼き付けた。

 ロージの策略によって、ポルタはフォンを貶めてしまった。フォンを信じられなくなった人々は、ロージを慕うようになっている。今はただの大道芸人として慕われているロージだが、いつ本性を見せて、暴君のように君臨して、この町を食い物にするかは分からない。
 ロージの狙いを知っているのは、ポルタだけだ。

 けれど、ポルタはまだ少年で、何の影響力も持たない。ここでポルタが声を大にして叫んだとしても、人々の心を動かすことは出来ないだろう。

 そもそも、ポルタ自身、判断力が幼く誤った選択をしてしまったのだから、口にする資格はない。

「みんな、元気でいてくれよ」

 あわよくば、この町の人達が自身でロージの本性を見破ってくれることを願うだけだ。

 もしいつかどこかでポルタが故郷に帰って来ることがあって、状況が悪化していたら、その時は。

「――俺が、絶対に故郷を助けてみせる」

 小さく決心を口にすると、ポルタは一歩を踏み出した。

 まずは、フォンと旅することで大きな世界を見て、自分の小ささを実感することだ。それが自分を変えるキッカケになるはずだ。

――④へ続く

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この記事を書いた人

 東京生まれ 八王子育ち
 小説を書くのも読むのも大好きな、アラサー系男子。聖書を学ぶようになったキッカケも、「聖書ってなんかカッコいい」と思ったくらい単純で純粋です。いつまでも少年のような心を持ち続けたいと思っています。

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